悪役令嬢、心に決める
「じゃあ圭、とーさん、おばさんとちょっとお話しあるから、華ちゃんに遊んでもらってな?」
「え」
圭くんは露骨に嫌そうな顔をした……そんな顔しなくたって……。
「け、圭くん、あのね、ええと」
私はあたまをぐるぐると回転させる。ええと、なにか、圭くんの興味を惹くもの!
「あ!」
結構大きな声が出たもので、みんなビクリと私を見る。
「な、なによ華、大声で」
「えーと、えっとですね、敦子さん」
私は声を落ち着けながら言った。
「書斎、入ってもいいですか?」
「書斎? 構わないけれど」
私はにっこり笑って、圭くんをみた。
「あのう、圭くん?」
「なに」
「敦子さんの書斎、色んな人の画集とかあるから」
「……」
「遊ばなくていいから、それ見てようよ」
にっこり笑ってお誘いしてみる。
「……」
「ほら圭、お言葉に甘えなさい」
少し申し訳なさそうに、圭くんのお父さんは言った。ものすごく「しょうがない」って顔をして、圭くんは立ち上がる。
私は圭くんを引き連れて、敦子さんの書斎に入る。
「あ、その辺りが」
画集とかだよ、と言おうとした時にはすでに圭くんは手に取ろうとしていた。私の方を見ようともしない。
(うーん塩対応)
私は知らず、苦笑いする。やっぱり本来、悪役令嬢と攻略対象、これくらいの距離感があるものなのかもしれない。
(樹くんやアキラくんとはなぜかお友達になれたけれどねぇ)
私はちらり、と圭くんを見る。床にぺったり、と座って画集を眺めてる圭くんは、もはや絵画並みに可愛らしかった。よく知らないけれど、印象派チック。
私は圭くんから目線をそらし、本棚を眺めた。絵にはあんまり興味がないから、適当に小説を選ぶ。できるだけ読みやすそうなやつー!
(……なんだかどれも難しそうだよねぇ)
いわゆる「文豪」とか呼ばれちゃう人たちの作品ばかりで、どうしたものかと眺めていると「ねぇ」とふと、圭くんに声をかけられた。
「ん!? な、なに?」
「これ」
ぴらり、と一枚のハガキを渡された。
「挟まってたんだけど」
「? あ、あー!」
私は圭くんからハガキを受け取る。すっかり忘れてた、去年見つけた「華」、というか「私」の赤ちゃんのころの年賀状。
「ありがとう」
受け取りながら、思う。やっぱ「私」、父親似だよなー。ぜんぜん記憶ないんだけど。
「それ、キミらだよね。ねえ、オヤはいつ帰るの」
「ん?」
私は圭くんを見た。圭くんは、淡々と画集に向かっている。
「なんか、急だったんだけど。うちのとーさん、なぜか日本の親戚に挨拶回りするって帰国したんだよね」
「そ、そーなの?」
「おれとしては、さっさとここからも出て行きたい、日本で行ってみたいとことか、あるから」
なんとなく、責めるような目。
「とーさんを追い出したくせに」
「……えーと」
「とーさんは、キミのオヤにも挨拶したいんだろうから。早く帰って来るように言ってもらえる?」
私はぽかんと圭くんを見つめていた。
「あの」
「なに」
「ごめん、この人たち、もういなくて」
私は眉を下げて笑った。
「死んじゃってて」
記憶にない、人たちだけれど。もういない、って伝えるのは、なんだか寂しさを伴った。不思議な感覚。
「……え」
「だから、おじさんは敦子さんとお話終わったらもうお出かけできると思うよ」
もうちょっとだからね、と子供を諭すように(実際子供だし!)伝える。
「様子、見に行ってみようか?」
圭くんは戸惑うように、視線を私の顔のあたりでウロウロさせた。
「その、……あの」
圭くんが何か言おうとした時、コンコンとドアがノックされた。
「はーい!」
「圭、もうお暇しようか」
ガチャリ、とドアが開く。圭くんのお父さんが穏やかに笑っていた。
「あ、もうお話大丈夫ですか? ほら圭くん、終わったってー」
にこりと笑うと、圭くんはギクシャクした動きで画集を本棚にしまう。
「ねえ」
「なに?」
圭くんは私を見て、悲しそうな顔をした。
「!?」
私は肩を揺らす。なになに、なにその可愛いカオ!? ていうか、私、何かしましたっけ!?
「ハナ」
「はい!」
「ごめんね」
私は唐突に謝られて、ぽかんと圭くんを見つめた。
「なにが?」
「デリカシーの無いことを」
「デリカシー?」
「……ご両親のこと、知らなかったから」
ごめんなさい、と言われて慌てて私は首を振った。
「気にしないで」
そう伝えると、圭くんはやっぱり申しわけなさそうだったけれど、それでも少しだけ笑ってくれた。
(なんっ……て可愛い笑顔なの)
私は玄関先まで圭くんを見送りに行って、そしてそのキャワイらしいお顔を眺めながらふと気がつく。
(ち、千晶ちゃん呼べばよかったっ)
前世で、圭くん推してた千晶ちゃん……、せめてものすごく可愛かったことだけはお伝えしよう、と私は心に決めたのでした。