悪役令嬢、緑の目の少年に出会う
澱のように、時折ふうっと色んな思いが過ぎることはある。けれど、でもーー生きていかなきゃ。私は生きてる、んだから。
そんな風に、何とは無しに思いつつもーー。
すっかり新緑が眩しい、そんなゴールデンウィーク手前の頃。
私はご機嫌で帰宅していた。
(もーすぐ修学旅行なんだもんねっ)
ゴールデンウィーク明けには、五泊六日の関西方面への修学旅行。主に京都、奈良だけれど……テーマパークを夜間貸し切りなんてイベントもあり、とっっっても楽しみにしているのです!
(明日には班決めがあるんだよなぁ)
ドキドキワクワク(?)の班決め。なんでもクラスごとではなくて、結構ランダムなのだとか。
(竜胆寺さん、なんか気合い入ってたなぁ)
場合によっては「青百合組」の皆様と班になることもあるらしく、竜胆寺さん的にはそうなりたいらしい。お近づきになりたい、とかなんとか。
(上昇志向なのか、なんというのかーーううん)
いい子なのだ。いい子なのは、間違いないのだけれど、なんて思いながら玄関のドアを開けると、そこには知らない靴が2組。男の人のものっぽい、こげ茶の革靴と、私の足より少し大きめのスニーカー。
「?」
「あら、華ちゃんおかえりなさい」
「八重子さん、ただいま。お客様?」
お手伝いさん(という名目の、敦子さんのお友達)の八重子さんにそう尋ねると、八重子さんは目を細めて頷いた。
「そうなの。敦子のね、甥っ子が息子さん連れて帰国されて」
「き、帰国?」
私はギクリと肩を揺らした。心当たりがあったから、だ。
「? そうなの。敦子のお兄さん……甥っ子くんの父親ね、その人に彼、勘当されてイギリスに行ってたんだけれど、なんだか今日急に帰国してにたみたい」
「へ、へー」
「着替えたら応接間にいらっしゃい」
そう言われて、私は曖昧に微笑んだ。
(ま、間違いないっ)
攻略対象「常盤圭」くんだ!
(お父さんと帰国したってことだよね)
圭くんのお父さんが、敦子さんの甥っ子にあたるのだ。
(……あの怪しげなメッセージ、少しは気にしてくれたってことなのかな)
私は自室で着替えながら思う。
千晶ちゃんと、圭くんの話をした数週間前。私はすぐに、学校のパソコンから、圭くんのお父さんを探したのでした。
(まぁ、すぐに見つかって、それは良かったんだけれどーー)
結構活躍してる画家さんだったから、SNS経由ですぐに見つかった。
イギリス国内で活動してる日本人アーティスト、そこからSNSを辿って行ってーーそして私は捨てアカウントから、圭くんのお父さんのSNS相手に「怪しげなメッセージ」を送ったのだ。どうか、身体の検査をしてください、と。
(……どうなったんだろう)
気にはなっていたのだ。だけれど、あんまり何度も連絡するのもかえって逆効果か、と控えていたのだけれど。
私服のワンピースに着替えて、応接間のドアを、恐る恐る開く。
「あら華、おかえりなさい」
「ただいま敦子さん、……ええと」
私は応接セットの革張りのソファに座る、1組の親子をみて曖昧に微笑んだ。うん、間違いなく「常盤圭」くんです。
「紹介するわ。あたしの甥と、その息子」
「こんにちは、華さん」
にこり、と男の人は立ち上がる。
「あ、こ、こんにちは」
「圭もほら」
せっつかれて、その男の子ーーほんとうに可愛い、天使みたいな(なんて年頃の少年に言ったら失礼かな!? でもほんとに、そう言っても過言じゃないレベル)男の子はやや面倒臭そうに軽く会釈した。
(それすらも可愛いッ)
そりゃ、千晶ちゃん、推しますよ……なぜ前世、この魅力に気がつかなかったんだろう!?
目は翠。イギリス人だっていう、お母さんの血筋だろうか。
(ずっとみてたい……)
複雑な虹彩の色ーーでも我慢。初対面の女子にジロジロ顔を見つめられたくはないだろう。