悪役令嬢はおでこにちゅーされる
「……千晶ちゃんに、よろしく伝えてください」
私からもすぐに連絡する、つもりだけれど。
「りょーかい。さて、着いたよ」
「華んち!? これ華の家!? でかっ」
いやオジョーサマなんは知ってたけどさ! とアキラくんは驚いたように言った。いや、アキラくんちのタワマンもなかなか豪勢だったけどなぁ。
「今度はゆっくり来てね」
そう言いながら、なんとか目を開ける。さすがに鍵を開けなくてはならない。
予想通り、家は電気もついていない。
携帯の方にも、着信もない。やっぱり敦子さん、まだみたい。
(……ってことは、やっぱり私、ひとりかぁ!)
ひとりでこの家で過ごすことは、結構多い。でも、あんなことがあった後だと、さすがに心細い……。
ぐっとおへそに力を入れた。ええい、これでも中身はオトナなのですから! 大丈夫だ!
カバンから鍵を取り出し、ドアを開けると、自動的に電気がついた。
「勝手に電気つくやーん」
「あは」
アキラくんの楽しげな声に、私は少し笑う。
私は玄関先で、ほっと息をついた。やはり室内は落ち着く。
すぐに、2人も玄関まで入ってきてくれる。
「玄関広いねんけど~これ住めるんですけど~~」
テンションが上がっているアキラくんをちらりと視線だけで見て、真さんは鍵を指差した。
「けど、コレは変えた方がいいかもね」
真さんはそう言う。
「合鍵、作られてたら厄介だから」
「あ、それも大丈夫」
私は鍵を振ってみせる。
「これ、電子キーにもなってて、合鍵は作れないやつだから」
「ハイテクやなぁ~~」
アキラくんがしげしげと鍵を眺めた。
「触らせて」
「いいよ」
渡したはいいものの、触ってどうするんだろう。
アキラくんは少し嬉しそうに矯めつ眇めつしてから「ええなぁうちもコレにせえへんかなぁ」とうっとりした。それから少し名残惜しそうに、私に鍵を返す。
「じゃあ、何かあったら連絡してね。泊まってくれてもいいよ、さすがに何もしない」
真さんは冗談なんだか何なんだか分からないことを言う。
「ええと、あは」
「全然ウチでもええねんけど」
気を使ってか、アキラくんまでそう言ってくれた。
「うん……本当に、ありがとう」
「華、ばあちゃん以外にドア開けたらあかんで」
「うん。気をつけてね、ありがとう、ありがとうございました」
そうやって、2人は玄関を出ようとしてーー真さんが「あ」と呟き、ポケットを探った。
「キミから返しなよ」
「ん? あ! これ」
アキラくんは真さんから何かを受け取り振り向いて、私にそれを渡した。
「あ、お守り」
「華守ってくれてありがとう、やでほんま」
アキラくんはお守りを拝むそぶりをする。
「そーいうスピリチュアルなの、全然信じてないんだけど。でもまぁ今回はご利益あったんじゃない?」
一歩離れたところで、真さんは少し面白そうに笑う。
「……はい」
私は微笑んで、それから、お守りをぎゅうっと握りしめた。
「それか守護天使か」
「守護天使ではないかと思いますけれども……」
それから改めて、2人にぺこりと頭を下げる。
「ほんとにほんとにほんとに、ありがとうございました……」
(千晶ちゃんにも早めにお礼を言わなきゃだ)
「まぁ……ケーサツ行くかどうか、早めに決めてね」
「うん」
真さんはちらりと私をみて、それから肩をすくめて「早めにお布団入りなよ」と踵を返した。
「ほな、華……あ」
アキラくんも続こうとして、すぐに戻ってきた。
「あのな、華」
「ん?」
「おでこにちゅーしてもええ?」
「ん!?」
何気に唐突な提案に、私は目を白黒させた。
「ちゅう?」
ネズミの真似ではありますまい。キス?
「ん」
なぜか真剣なアキラくんに、まぁおでこ位なら、とおずおずと頷く。
アキラくんは神妙な面持ちで、私の前髪を上げて、おでこにキスをする。
「……よう寝れるおまじない、や」
「あは、ありがとう」
そういう意図でしたか。小さい頃お母さんにしてもらっていたとか、かな。
笑って答えると、アキラくんの背後で真さんはとても変な顔をしていた。
「純情というかなんというか」
「うっさいですわ鍋島サン。ほな華、戸締まりしっかりしといてな」
2人は騒ぎながら玄関のドアを閉め、出て行った。
私はきちんと鍵を閉めて、それからドアに向かってもう一度、頭を下げた。
(無事で、生きてる)
そう思うと、また震えが襲ってくる。
(私、無事で、生きてる)
涙がまた、出てきた。
今はただ、家に帰ることができたことだけが、嬉しかった。