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悪役令嬢は戸惑う

「さてさて迷子の迷子のオマワリさんでも呼んじゃおっかな」


 ちょっと変形した金属バットをいじりながら、真さんは言った。


「迷子なんは子猫やないっすかね」


 アキラくんはそう答えながらスマホを取り出す。

 警察。……当たり前だ、呼ぶのは。私は誘拐、されたんだから。


(でも)


「ちょ、ちょっと待って」

「ん?」


 アキラくんは不思議そうに私を見る。


「あ、あのね。これ、松影ルナが絡んでるみたいなの」

「は?」


 アキラくんは思いっきりしかめ面になる。


「あの女が?」

「松影ルナがどう絡んでるって?」


 真さんの表情がくるりと改まる。真剣モード、みたいだ。口元の笑顔が消えた。


「あ、えっと。久保に私を誘拐するように焚きつけた、みたいでして」

「犯罪やん」


 吐き出すように言う、アキラくん。


「ケーサツに突き出したったらええねん」

「それがね」


 難しいところなんだよなぁ、と口には出さずに首をかしげる。


「松影ルナは、誘拐しろなんて一言も言ってないみたいなの。単に、久保を焚きつけただけ」

「焚きつけた?」


 聞き返す、ふたり。


「あのね……」


 どう説明したものか、と迷って、前世の話を抜いて説明することにする。


「源氏物語って知ってる?」


 これはアキラくん向け。真さんはなんとなく詳しそうだった。ちゃんと会話を聞けていたわけじゃないけれど……。(かなり混乱していたし!)


「んん、まぁなんとなく。平安時代の何股してたんか分からん男の話やろ」


 フワフワしたアキラくんの回答に「まぁ私も詳しくはないんだけど」と前置きする。


「主人公がね、半ば無理矢理女の子を自分の邸に連れてきて、理想の女性に育てて、またも半分無理矢理自分の奥さんにするっていう」


 いやそれだけじゃないんだけど。たぶん、全然主題はそこではないんだけど。


「ちょお待って」


 アキラくんは、声を低くした。


「まさか久保、華をそうしようって誘拐したんやないやろな」


 怒りのオーラに、私までビクつきつつ「どうもそうみたい」と答える。


「ルナは、私が久保が求めてる条件に合うんじゃないか、みたいなのを仄めかしただけで」

「はぁぁあ!?」


 アキラくんが叫んだ。


「アホちゃうう!? やっぱキョセーすべきやったんや! 鍋島サン何逃しとんのですか、ほんま! つか作戦もテキトーやねんもん! 視線引きつけるから、それに合わせて華から久保引き離せって、雑なんすわ全体的に」

「逃したのは謝るけどさぁ、うるさいなぁ解放自体は上手くいったんだし良くない?」


 喧々と言い合うふたり。


(てか、仲良しだ?)


 なんとなく、波長が合ってる気がする。ボケとツッコミみたいになってたし……。


(私がツッコミを習得する前に、いい相方を見つけちゃったのかも)


 この組み合わせの場合、アキラくんがツッコミなんだけど……イヤイヤそんな話じゃなかった。


「だいたいそんなコトだろうとは思っていたけどさ、青柳だの桜だの言ってたから」


 真さんはそう言いながら目を細めた。


「野放しにはできないよね? ていうか、なに通報躊躇ってんの華チャン。何か後ろ暗いとこあんの? 違法薬物でも持ってる?」

「も、持っていませんっ。そうじゃなくってですね、思ったん、ですけど」


 私は必死で考えをまとめる。


「多分、ね。ここで久保を捕まえてもらっても、また別の人を使って何かしてくるかもしれないって、思って」

「せやろな」


 アキラくんは低い声で言った。


「そのオンナどうにかせな。悪の根源や。チュースーや」

「うん……でも、今回のことで松影ルナをどうにかする、ってことはできないと思う」

「なんで? あのアホとキョーボーしてるやん」

「そうなんだけど」


 私は「えーと」と言葉を紡いだ。やはり「前世」に触れずに説明は難しいか。


「あのさ、なんかクラスでも学年とかでもね、前世がどうのとか言う子、いない……?」

「は? いや聞いたことあらへん」

「まぁ、たっまーに遭遇するよね」


 真さんは馬鹿にしたように笑う。……絶対にこの人だけには「前世がある」とか言わないぞ死ぬまで、と誓った。


「前世で愛し合ってただの、守護天使がどうだのって」

「し、守護天使……」


 それは初めて聞いた。


「とまぁ、そんな感じでね、これくらいの年頃女子はそういうこと言っちゃう子がたまにいるわけ」

「ほへーん、理解できひんわ。イタいヤツやな要は」

「だよねぇ〜」


 私は無言で微笑んだ。アキラくんにまで痛い子扱いされるのはちょっとキツイですよ?


「……変、かな? だよね? 前世あるとかね?」

「おやおや華チャンもそっち派?」


 ぎくり。


「そ、そそそそそんなはずないじゃないですかぁ」

「あー、せやけど、華に前世あるとかなら信じるわ」


 にっこりと笑うアキラくん。


「多分俺ら前世でも出会ってたんちゃうかなぁ~、天女と龍とかで?」


 謎にフォローされた。

 しかし残念ながら、私の前世はセカンド彼女になりがちな、平凡なアラサーでしかないんですが。


「ええと」


 フォローは有難いですが、かなり脱線してきたので、無理矢理話を戻す。


(なんであの島の昔話してるんだろ?)


 龍と天女って、こないだの観光の時の話だ。真さんは「ふうん?」って顔をしていた。

 首をひねりつつ、話を続ける。


「それでね、松影ルナは久保に私のこと、久保の前世での……その、好きだった人だって言ったみたい、なの」


 ストーキングの末殺した相手、とは言えない……。


(というか、本当にあいつなの? 私をかつて殺した、……ストーカー男)


 再び背中に悪寒が走り、それを抑えようとすればするほど、それは大きくなっていくように感じた。


「で、ね……」


 声が震える。ダメだ。心配かけてしまう。


「華」


 戸惑うような、気遣うような、アキラくんの声。真さんですら、じっと私を見ていた。


「ち、違うんです」


 なにが違うのか、自分でも分からないけれど、とにかくそう言って首を振った。


(違う)


 怖くなんかない。怖くなんか。

 そう思おうとしているのに、身体は言うことをきかなくて、思わずしゃがみこむ。唐突に、再びやってきた恐怖。


(怖い、怖い、怖い)


 感情が暴走している。

 手で口を押さえ、早鐘を打つような心臓を抑えた。


(なんで、)


 ぽろり、と涙がこぼれる。


(なんでまた関わらなきゃいけないの)

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