【三人称視点】少年たちは話し合う
瑛が連絡したのは、自分の父親と、そして鍋島千晶だった。千晶の父親が県議、祖父が国会議員なのは有名な話で、もしかしたらその筋から警察が動かせるかも、と思ったのだ。
それから、なんども華自身のスマホにも連絡を取ろうとしてみた。なんどかけても、コール音すらならない。ただいま、電源が切られているか電波の届かないところにーー同じアナウンスの繰り返し。
自宅の方も、なんどかけても留守電にしかならない。彼女の祖母の連絡先は、瑛には分からなかった。
「ごめんね山ノ内くん」
駅前まで家の車で駆けつけてきた千晶は、真っ青な顔で言った。
「わたしから頼んでもムリで、いまお兄様からの連絡待ちでーー」
「華のばーさんには連絡とれへんかった?」
「うん」
千晶は頷く。
「こないだ華ちゃんが、敦子さん出張続きだって言ってた。もしかしたら飛行機かも……」
そう千晶が瑛に告げた時、大きなどるんというバイクのエンジン音がして、中型バイクが目の前で止まった。乗っていた人物がヘルメットを取る。千晶の兄、真が目を細めて2人を見て、それから「あのヒトは動かないよ千晶」と告げた。
「僕らが同じ目にあっても動くかどうか分からない」
「そ、んな」
千晶はバイクを降りて近付いてくる真を見て、唇を震わせた。
「じゃあお兄様、指をくわえてみていろと?」
「そうは言っていないけれどね」
真は目線を軽く動かした。
「とりあえず、そこのお店にでも入ろうか」
「そんな、悠長な」
思わず言った千晶に、真は微笑んだ。
「大丈夫だよ千晶、僕だって華チャンと遊びたかったから必ず取り返すし、それに」
軽く首を傾げた。目は笑っていなかった。
「僕は欲しいものが取られるの、大嫌いなんだ」
「欲しいもの、って」
「悪い鳶の羽は折ってあげなきゃ、ね?」
瑛ははやる心を抑えて、黙って頷いた。真に何か考えがあるのは見えていたし、現状、自分に何もできないことは自覚していた。華のために、できることはなんでもやりたかった。
「……千晶サン、鹿王院には連絡とれへん?」
「あ、鹿王院くん」
千晶は慌てたようにスマホをスライドさせる。3人は目の前のファストフード店に入った。
「……ダメ。電源が入ってないのかしら」
「サッカー部はさっきまで練習試合してたからね」
真が3人分のポテトとシェイクを注文しながら言った。
「今頃ミーティング、それから8時過ぎまでまた練習があるはずだ」
「学校まで行って、」
「行ってどうするの? 警察を動かしてもらう? 鹿王院の後継ぎクンでもそこまでの横槍はムリじゃないかな。せいぜい見回りを増やしてもらうくらい」
真はちらり、と瑛を見た。瑛と、瑛が握りしめていた白いお守りを。
「現状、証拠と呼べるのはそのちっぽけなお守りだけだ。残念ながら、それひとつで大人は動かない」
真は座ったテーブルに、大きく地図を広げた。
「あ、これ」
「千晶の部屋から拝借したよ。……ねぇ山ノ内クン」
「はい」
「その車、赤いなんだった?」
「セダンやと思います」
「おーけー」
真はスマホをいじる。
「君たちSNSしてる?」
「え、あ、ハイ」
真は微笑んだ。
「じゃあタグに拡散希望と、緊急だとか人命がかかってるとか入れて、鎌倉市内で赤い車の目撃情報を集めて」
「赤のセダン、の?」
「セダンはいれなくていい。車種は限定しないほうがいい」
真はチョコシェイクを飲む。それから瑛に目線を向けた。
「カロリーとっといて。今からブッコミかけんだから」
「ブッコミ?」
「そー」
真は目を細めた。
「オトナが動かないんなら、僕らでなんとかするしかないデショ?」
「……うす」
瑛はポテトを口に突っ込んだ。
じきに、SNSに少しずつ情報が上がってくる。
「今現在近くにいるヒトには写真も頼んで」
真の指示に従う。
「赤い乗用車が占める割合は3.5%程度」
真は3台並べたスマホを見ながら、目撃情報があったところに赤い印と、時刻を書き込んでいく。
「それもセダンとなればもっと少ないーー山ノ内クンが目撃した時間から逆算、目撃情報を加味すれば市内から出ているとは考えづらい」
赤い印が増えていく。
「ビンゴ」
真はそう言って、とある交差点に大きく赤丸を描いた。
「多分、こっから山側に抜けてる」
「……せやけど、こっちから海方面はないっすか」
「海方面での目撃情報、18時半以降に少なくとも赤いセダンの目撃はない」
瑛はスマホの時刻を確認する。19時前。コンビニで久保を目撃してから、一時間が経過していた。
「この先は別荘地になってる」
「……どうするんすか」
「ふふふふ」
真は笑って、カバンからヘルメットを取り出し、瑛に被せた。
「まだ僕、二人乗りしたら捕まるからオマワリさんに出会わないことを祈っててね」
「お、お兄様!?」
立ち上がる千晶に、真は微笑む。
「千晶はお家でまっててねぇ」