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【三人称視点】関西弁少年は目撃する

 山ノ内瑛がそのコンビニに立ち寄ったのは、ほんとうに偶然だった。


「山ノ内、どの子がタイプ」

「んー?」


 部活帰り、友達たちと立ち寄ったコンビニ。今日発売の漫画雑誌のグラビアを見て、友人たちはああでもないこうでもない、と言い合っていた。

 デビューしたての3人組のアイドルは、水着姿で微笑んでいる。


「お前どういう子がタイプだっけ? つーか、モテるくせに彼女つくんねーよな」


 なんで? と素朴に聞かれて、瑛は曖昧に笑った。


「なんでやろな」

「この中だったら誰」


 言われて、バスケ雑誌から目をそらして友人の持つグラビアに目を移す。


「……特におらんかな」


 瑛は答えた。少し前までなら一緒に盛り上がっていたかもしれない話題だけれど、瑛には好きな人がいたから。

 その人を好きだと自覚して、瑛は世界が急に鮮やかになったように感じていた。

 綺麗な花を見れば一緒に見たいと思うし、楽しいことがあれば共有したいと思うし、面白いことがあれば教えて笑ってもらいたいと思う。


「えー? 可愛いよこの子たち」

「せやなぁ」

「どんな子がタイプだっけ」

「……ぽけーっとしとる年上」

「ピンポイントだな」


 友人は面白そうに言う。


「え、いるの? 好きな人? 誰々? 先輩?」


 別の友人にそう聞かれながら、瑛は小さく笑った。瑛の好きな人には、もう決められた人がいたから。変な噂になるんは嫌やろなぁ、とぼんやり思う。それくらいの分別はあった。

 負けたくはないと思うけれど。


(向こうさんからしても許婚なんかカタチだけ、とか期待してたんやけどなぁ)


 どうやら、向こうにも譲る気はないらしかった。宣戦布告した時、ひしひしとそれを感じた。あいつ、鹿王院樹は、ふつうに彼女を大切に思っている。

 ふとコンビニの窓ガラスの向こうに、赤い乗用車が止まる。降りてきた人物を見て、瑛は眉をひそめた。


「……」

「どうした?」


 友人に聞かれて、瑛は「べつに」と答える。

 降りてきた人物を、瑛は知っていた。去年、彼女の友達をひどく傷つけた事件で、塾の担任をしていた男だ。


(久保ーーやっけか)


 瑛は何気なく久保を観察した。久保はどこかフワフワとした足取りでコンビニへ向かって来る。自動ドアが開いて、カゴを持った久保は「適当」なのがありありと分かる商品の選び方でカゴに乱雑に商品を投げ込んでいった。お茶、ジュース、お菓子、……それから女性ものの肌着と下着。瑛は眉をひそめた。

 可能性は色々ある。久保の交際相手のもの、家族に頼まれた。


(フツーは頼まへんよな?)


 瑛には姉がいる。彼女たちが急に下着が必要になったとして、例えコンビニで売っているとしても、それを人に任せるか、というと恐らくそんなことはないと思う。

 久保は瑛の視線に全く気がつくことなく、会計を済ませた。

 そして扉から出て、車の後部座席にそのビニール袋を置く。ドアを閉め、運転席に乗り込んでーー瑛はふと、後部座席から何か白いものがポトリと落ちたことに気がついた。


「?」

「山ノ内?」

「や、なんでも」


 そう言いながら、その白いものから目が離せない。

 赤い乗用車は駐車場を出て行く。訝しがる友人の声を背に、瑛はコンビニの自動ドアを出た。ひどく、嫌な予感がしていた。

 落ちていた白いものを拾う。瑛は自分が震えているのを数瞬遅れて自覚した。

 それは、瑛が大好きなあの人に贈った、小さなお守りだったから。

 世界にひとつしかないはずの、小さなお守り。瑛はぐっと唇をかみしめて、走り出した。もう、車は見当たらない。嫌な予感と後悔が胸を黒く覆った。


「山ノ内ー?」


 コンビニから呼ばれる。瑛は振り返り「ちょお俺用事できてもたわ!」と叫んだ。


「? なんの?」

「ほなまたな!」


 言いながら走り出す。駅前に交番があったはずだ。

 お守りを握りしめて説明をした相手、中年の警察官は瑛に向かって苦笑いした。困った子供を相手にしている笑顔で、瑛は胃の底が気持ち悪いような感覚に襲われる。


(こうしとる間にも)


 好きな人ーー華の笑顔が頭に浮かぶ。

 瑛はイライラと説明を繰り返した。


「その女の子? が車に乗せられてるのを君は見たの?」

「や、それは」

「誘拐しますとか連絡があったわけかな?」

「そうやなくて、」


 警察官の目が面倒くさそうに細められた。


「また何か動きがあったら知らせてくれるかな」


 胃の底がひっくり返りそうだった。腹立たしい、けれど……時間の無駄だということはハッキリ分かった。

 交番を出て、瑛はスマホを掴んだ。誰かに知らせなくてはいけない。少し迷って、それからその人の名前をタップした。

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