悪役令嬢、拐かされる
樹くんの試合を見た後の帰り道。
私は暗くなるのが嫌で(だって暗くなると歩けなくなるから)少し早歩きで帰宅していた。
ふと、カバンにつけたお守りが目に入る。アキラくんにもらった、世界にたったひとつだというお守り。
(なにかお礼しなきゃなぁ)
ぼんやり、と考えた。ちなみにユルイ神戸のクマのぬいぐるみは、部屋に飾ってある。
もうすぐ修学旅行だし、なにかお土産ーーでもアキラくん、関西良く帰るみたいだし、あんまりいらないかなぁ。……って、それはそれでいいとして。
(あー、やっぱり島津さんに迎えに来て貰えばよかったなぁ)
暗くなるまでまだ時間はありそうだったけれど、薄暗くなると一気に暗くなるからイヤだ。そうなると、ほんとに動けなくなってしまう……。
ほとんど私専属みたいになってる、ハイヤー運転手の島津さん。彼にきてもらえば良かった、なんて考えてた時のことだった。
「設楽、華さん」
名前を呼ばれて、振り返る。
(? 誰だろう)
振り返った先には、以前、見たことのある顔ーー。
(ええっと、……あ)
名前を思い出し、その名前を呼んだ。
「……、久保、先生」
「こんにちは」
私はすこし後ずさる。
(なんでここに……?)
少なくとも、いいことではない、気がする。一度はバール(のようなもの)で殴りつけてやろうかと思った対象だけれど。
(確か、樹くんの話だと塾をクビになったはず)
ひやり、と背中を汗が伝う。逆恨みなんかされてたら、たまったものではない。
「ああ、警戒されるのも無理はないと思います」
久保はゆるゆると首を振って、少し悲しそうに言った。
「しかしその、偶然見つけて……少し相談に乗ってもらえたらと」
「相談?」
私は眉をひそめた。
(どういうこと?)
「実は、あの時被害にあった…….僕が酷い態度を取ってしまった生徒さんたちに、謝ってまわっているんです」
「え」
意外な展開に、私は驚きを隠せなかった。
「ですが、大友ひよりさんだけは……ぼくがやったことを思えば当然でしょうが、お会いすることもできず」
「あ、当たり前です、あんな酷いことを言っておいて」
「分かってます。承知の上です、それでも一度、謝らせてほしくて」
わたしは久保をジッと見つめた。
(まぁ、気持ちは……わからなくも、ない)
ひよりちゃんも、謝ってもらったら何かまたスッキリするかもだし。
「……、わかりました、少しだけなら」
暗くなるまで、まだほんの少し、時間はありそうだだった。
「ありがとう。じゃあ、そうだ、そこの公園で」
指を指す先には、小さな公園。
(人目もありそうだし)
いいですよ、と公園へ向かう。
「あの四阿にしましょう、何か飲み物でも買ってきます」
公園の入り口、路上駐車された赤い車の横についた時に、公園の隅にある四阿を指さされた。
「いえ、おかまないなく」
私がそう答えた時だった。
首に、強い、ずんっとした衝撃が走った。
(……え、なに?)
そのまま、意識が薄れていく。
視界の隅で、久保は笑っていた。