悪役令嬢はフルーツサンドが食べたい
ほとんど場に参加していない私ですら、背中に冷や汗をかきそうなほどの微笑みだった。美しさを通り越して、もはや凄惨。
「だいたいお爺様もお父様もお前に冷たいんだよな、千晶。だからその分、僕はお前に甘くしてやろうと思っているんだよ、千晶」
千晶ちゃんの名前を呼びながら、指先まで美しい動きで彼女の頬に触れる。
「ね?」
「……触らないでいただけます?」
「反抗期かな、冷たい妹だ」
真さんはくすくすと笑った。
「そろそろ千晶も、コレの顔を見ても大丈夫なころかなって。そう思って先月くらいかな? 色々コレとお話してね、ブタさんになってもらったんだよ。ね」
にこりと微笑みかける真さん。
「ブーブー」
必死に返事をする元カレくん……。
千晶ちゃんは何とも言えない表情で元カレを見る。
「意味が分かりませんし、大体中学生相手にこんなことを……」
「中学生だろうと小学生だろうと関係ないね。年齢なんか知ったことか、だよ。僕にある基準は千晶に害があるかどうか、そのただ一点」
真さんは少し目を細めて、元カレくんを見る。
「このブタさんは知ってたはずだよね? 千晶のこころが、他人より少しばかり繊細にできてるって?」
「それは」
「なのに、平気で裏切ったね。よくないね。良くない子には、お仕置きしなきゃね」
そう言って微笑む。
気品にあふれた唇の上げ方。あくまで閑雅な、アルカイックスマイル。
そして続けた。
「あとは松影ルナだねー」
真さんが出したその名前に、私はびくりと彼を見つめる。
「あの子には、色々用意してます。色々。いーろーいーろーとー。楽しみデショ? 千晶。ねぇ」
真さんは首を傾げた。さらりと黒髪が揺れて、細められた目線はふと私に移動した。
「だから、千晶は心配してるけど……華チャンと遊ぶのはまだ少し先、かなぁ。ごめんね」
ふふふ、と笑う真さんに、私はブンブンと首を振った。
「イエイエイエイエ遠慮させていただきたくっ」
「遠慮深い子はあんまり好きじゃないな」
酷く残念そうに真さんは言う。
「もっと図々しくていいよ、女の子は。ね?」
「いえいえワタクシってば遠慮の塊なような謙虚な深窓のご令嬢ですからして真さんの高貴なお遊びのお相手をつかまつるほどオモチロキ者ではございませんでして、ええ」
自分でも途中からなに言ってるか分かんなくなってきてます。
「あっは、大丈夫大丈夫、キミはぜぇったい面白いから。ま、それより先に松影ルナなんだけどさ、色々が色々で色々だからさ」
……なんだろう、色々って。なんか想像したくないんですけど……。
「お、お兄様っ」
千晶ちゃんはぷるぷると震えた。妹だし、もしかしたら「色々」の中身に想像がついてしまったのかもしれない。
「やっていいことと、悪いことがっ」
「じゃあ千晶」
真さんは首を傾げた。
「大事な妹を自殺未遂まで追い込んだコイツを、僕が放っておけると君は本気で思っているの?」
千晶ちゃんは口ごもったあと、キッと真さんを睨みつけた。
「……、彼のお父様は閑職へ異動になったと聞きました、それでいいではないですか」
「それは彼の保護者に対するペナルティで、コイツは無傷デショ? 良くないよね、千晶は傷痕まで残ってるのに」
鋭い目線で、千晶ちゃんの手首を見つめる。
「……それ、は、わたしが勝手にしたこと、で」
「ふふ、千晶、可愛い妹」
真さんは笑った。
「僕も忙しい身でね、可愛い妹と楽しく意見交換をしていたい気持ちは十分あるのだけど、もう行かなくては」
そう言って真さんは首を傾けた。
「最後に僕に何か言いたいことはあるかい?」
「真性ドクズ変態シスコン野郎」
「いいね、最高だ」
真さんは、ものすごく嬉しそうにサムズアップして「さて僕たちは散歩の続きをしよう」と元カレくんを連れて歩いて行ってしまった。さくさくという、芝生を踏む真さんの靴の音と、なぜかリズミカルに四足歩行していく元カレくん。……えっと、なんか既に慣れてない? その歩き方。
それを眺めながら、ガクリと肩を落とす千晶ちゃん。
「あ、あの、千晶ちゃん……」
「もうヤダ、あの変態」
「だ、大丈夫……?」
「"ゲーム"ではあいつに惚れてたってマジヤバくない?」
「まじやばい」
そうおうむ返しするしかなかった。千晶ちゃんの口調が完全に変わってしまっている。
「てか"ゲーム"でもあんな感じだったの?」
「あそこまでじゃなかった、っていうか言ったでしょ、外ヅラいいのよアレ。アレは身内にしか見せないカオ」
(身内用のお顔見てしまった……)
ちょっと青ざめる私。
(く、口封じとかされないよね!?)
「大丈夫、危害を加えることはないと思う。さっきも言ったけど、あの変態、華ちゃん気に入ってるから」
「そ、それはそれでやっぱりご遠慮申し上げたいところなのですが」
「マジで警戒しててね? あー、あと、気は進まないけどお父様に、変態野郎にアレ辞めさせるよう進言しなきゃ……なんで妹の私が尻拭いを」
千晶ちゃんはブツブツ言いながら、持っていたボールギャグを植え込みに投げ込み「ノゾミさんにフルーツサンド作ってもらわない?」ときびすを返した。
私も頷いてそれに続く。
まあ、とりあえず生クリームですよね、こんな時は。
甘いもの食べて、忘れよう。うん。