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悪役令嬢とブタさん

 謎の鎌倉珍道中から2日。桜を揺らす春の風がふんわりと心地よいその日、私は千晶ちゃんの家でマカロンを頬張っていた。


「シェフを……シェフを呼んで……」

「あは、後でまたノゾミさんに美味しかったって言ったげて」


 千晶ちゃんは微笑みながら紅茶を口に含む。多分ダージリン。きっと多分。


「ねえところでね」

「ん?」


 私が話しかけると、千晶ちゃんは目線を上げた。


「どうしたの、急な話って」


 昨日の夜。唐突に千晶ちゃんから「明日、話せない?」と連絡があったのだ。それで、放課後にお邪魔してるわけなんだけれど。

 私がそう聞くと、千晶ちゃんは思い切り眉間にシワを寄せた。わーお、……苦虫を噛み潰したような、ってきっとこんな顔なんだろうなあ。


「うちのど変態兄貴が」

「はぁ、真さんが」

「どうやら何かを企んでるらしくって!」


 千晶ちゃんはテーブルに突っ伏す。


「なかなか口を割らないんだけど、とにかく警戒して欲しいの」

「え、なにもそこまで」


 答えながら、ふと一昨日のことを思い出す。何か企むような顔つきの真さん……。


「あのクソど変態、どーも華ちゃんのこと気に入ったみたいだから」

「エッ」


 私はびくりと肩を揺らした。えー、好かれる方が怖い人種っているんだなぁ……。


「多分、いや絶対、何かしてくると思いますので厳重に警戒を」

「……はい」


 その注意喚起で呼び出されたわけか。


(とはいえなぁ、どう警戒すればいいものやら)


 とりあえず近づかなければ大丈夫なかんじなのかな。うん。

 そう思いつつ、ふと窓から千晶ちゃんちの広い広い芝生のお庭をちらりと見て、「ねえ千晶ちゃん」と私は口を開いた。


「千晶ちゃん家って、犬? 飼ってるの?」

「犬? 飼ってないよ」

「え、だってあれ」


 私は窓から見えるソレを指差した。

 真さんが何か大きな生き物をリードで連れて、鍋島家の広いお庭、その芝生の上を散歩している。四足歩行のようだが、なんだか動きがぎこちない。


「真さんって、動物にお洋服着せる派なんだね」


 結構意外だ。割と生き物は猫可愛がりする派の人なのかもしれない。

 千晶ちゃんはしげしげとソレを眺めた後、絶句した。それから絞り出すようにこう告げる。


「……華ちゃん、ごめんあれ、元カレ……」

「もとかれ? なにそれそういう犬種?」

「以前お付き合いをしていた人、って意味です……」

「あーうんうん、以前お付き合いをををを!?」


 私は立ち上がって窓からソレをもう一度確認し、それから部屋を飛び出していった千晶ちゃんを追って走り出した。


(もももも元カレぇ!?)


 千晶ちゃんの元カレが、なぜに鍋島家のお庭で四足歩行をしているのでしょう!?


 庭に着くと、千晶ちゃんと真さんはにらみ合っていた。


「お兄様、それはなんですの?」

「それ?」


 きょとん、とする真さん。きょとんとする様すら美しい。


「それですっ!」


 千晶ちゃんが元カレくんを指差す。


(うわぁ、ボールギャグ噛まされてる)


 マンガとかテレビとかでたまに見かける、SMプレイでMの方が口に入れられてる、バンド付きのボールみたいな猿ぐつわというか、そんなやつ。

 その上四つん這いにされ、リードまでつけられて、本当にイヌ扱……犬はボールギャグかまされないか……。


「ああ、コレ」


 千晶ちゃんが怒っているのも、私がその背後で「うわぁ」って顔をしているのも一切気にかけず、真さんは優美に優雅に、とっても綺麗に微笑んだ。


「コレね、ブタ。ね? ブタだよね」


 そう言って微笑む。


「ぶーぶー」


 元カレくんは必死で鼻を鳴らした。


「ブタではありませんっ! 一応人間です!」


 心やさしき千晶ちゃんは、元カレくんのボールギャグを外そうと彼の頭部に触れる。


「な、なんでボールギャグなんてしてるんですかっ、どうやって外すのこれっ」

「ちょっと待ちなさい千晶、それの名称をどこで知ったのかな」

「そんなことはどうでも良いのですお兄様」


 外したボールギャグ片手に、千晶ちゃんはキリッと言う。


「ヒトにはヒトの尊厳というものがあります!」

「ヒト? ヒトだっけお前?」


 ボールギャグを外され、会話できるようになった元カレくんはなんの迷いもなくこう言った。


「イエ僕ハ真様ノ忠実ナ豚デゴザイマス、ブーブー」

「ブタだってよ?」

「お兄様、この人に一体何をしたのです!?」

「何をって」


 真さんはいっそ凄惨に笑った。


「コイツがお前にしたことを思えば大したことはしてないよ、千晶」

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