悪役令嬢はなんの話なんだか分からない
(なんか……変な緊張だった)
威圧感、ってわけじゃないんだけど。心臓を掴まれたような気分になるから、精神衛生あまりよろしくない。
よろり、と立ち上がろうとすると、アキラくんの左手に支えられた。
「あ、うわ、ありがとう」
「それはえーねんけど」
顔を上げた。アキラくんは、少し眉を寄せている。
「なぁに?」
「……や、なんでも」
にこり、と微笑まれる。
「行こか」
「うん」
頷いて、電車を降りた。
駅の改札で、それぞれお別れだ。アキラくんは乗り換えだし、私は島津さんのハイヤーが来てくれてるし、千晶ちゃんたちも運転手さんがきてるっぽい。
「ひよりちゃん、乗って帰る?」
どうせ同じ方向だし、と言うと「わーい」と素直に喜んでくれた。ちょっと嬉しくなる。
(こういう素直なとこが可愛いんだろうなぁ)
アキラくんも、と思って目をやると、ばちりと視線がかち合った。
(? 羨ましい、とか?)
そう思っていると、ふ、と耳元で小さく言われる。
「お守りとか、つけといてな」
「ん、あ、うん!」
にこりと見上げる。せっかく貰った大事なお守り!
「なになに? なんの話?」
ひよりちゃんはニヤニヤしてる。わー、ダメだってニヤニヤさせちゃ!
私はアキラくんの服の裾を引っ張って、ひよりちゃんに背を向けた。ひそひそ話だ!
「あ、アキラくん、ダメじゃんっ。誤解されちゃうよ!?」
「へ? なにがや」
「だ、だって」
私はより、声をひそめて言う。
「ひよりちゃんのこと、好きなんでしょう……?」
アキラくんはフリーズして、私をじっと見つめる。それこそ、穴があきそうなくらいに。
「……へ?」
「え、いやだって、恋してるとか言ってたから」
「え、ちゃう」
アキラくんは少し硬い声で、そう言った。
「ちゃうで。俺の好きな人」
「え、だって」
じゃあなんで、さっき真さん見てるひよりちゃんに、複雑そうな目線を?
そのことを聞くと、アキラくんは「ちゃうねん」と少し必死そうに言った。
「や、なんていうかな、初対面でアレなんやけど、鍋島サンの兄ちゃん、多分アレ、ヤバめな人やろ……?」
「わ、正解」
私も千晶ちゃん経由でしか情報得てないけど、(むしろ今日は比較的まともな人に見えた)なんせ公式設定でスケコマシさんなのだ。まぁ、ヒロインちゃんと出会うまで、なんだけれども。
「よく分かったねぇ」
「うーん、なんや滲み出てくるもんがな……」
分かる人には分かるらしい。
「そんな訳でやな、誤解や」
普通の声の大きさで、アキラくんは破顔した。
「別の人、やっ」
満面の笑み。
「あ、そーなの」
ちょっと拍子抜け。少しアキラくんと距離をとって、みんなの方を向こうとした瞬間、改札の方から名前を呼ばれた。
「華!」
「へ」
そこには樹くんの姿。ジャージ姿で、エナメルバッグを肩からかけていた。小走りで、私たちのほうに駆け寄ってきてくれる。
「あれ、樹くん、お帰り」
「ただいま」
樹くんは少し頬を緩めて「そうか、遊ぶと言っていたな」と皆んなを見る。
「……どもー」
アキラくんが笑って私たちを見てる。
(えっと、あれ?)
いつもの笑い方じゃない。なにか、押し殺したような。
「あー」
千晶ちゃんは少し気まずそうに首を傾げた。
「鹿王院くん、えーとね、決して邪魔をしようとかそんなんではなくてね」
「? なにがだ? 久しぶりだな」
「あ、……はぁ」
「変わりないか」
「おかげさまで?」
「それなら何よりだ」
うむ、と頷く樹くん。
「おやおやおやおや、これは鹿王院の後継者クン」
真さんが歌うように言った。
「ご機嫌麗しゅう」
「鍋島さん、お疲れさまです」
ぺこり、と樹くんは頭を下げた。
「相変わらずだねぇ、また背が伸びた?」
アルカイックスマイルを崩さない真さん。
「年下のくせにニョキニョキ伸びないでくれる?」
「はあ、すみません」
樹くんはあんまり申し訳なさそうじゃない感じで謝っている。
千晶ちゃんが、こっそりと私の耳元で言った。
「お兄様ね、樹くんキライなの」
「え、なんで」
千晶ちゃんは苦笑した。
「純粋まっすぐクンだから、だって」
「純粋まっすぐクンー?」
なんじゃそりゃ。とにかく真さんは「気にくわないなぁ」って顔で樹くんと話してるけれど、……樹くんって多分、そういう悪意みたいのに鈍感だから、気がついてないや。
ふと目線をやると、島津さんの車がもう着いていた。
「あ、ごめん、車ついたみたい。ひよりちゃん、いける?」
「あ、うん」
みんなにバイバイを言おうとすると、ふとアキラくんに微笑まれる。
「? なあに」
「いや、まぁこっちの話やねんけど、」
アキラくんはびしり! と樹くんに向かって人差し指を向けた。
「なぁ許婚サン」
「なんだ」
「宣戦布告、しといてもええ?」
樹くんは一瞬きょとん、とした後、不敵な笑みを浮かべた。
「なるほどな、山ノ内」
「俺のこと知ってんの? こーえーやわ」
樹くんは頷く。
「しかと布告、受け取った。しかし俺も譲る気はないぞ」
「言ってろや」
ぽんぽん、と私の頭上を飛び越えてなされる会話に、なにもついていけない。
(……なんの話?)
訝しみつつ2人を見ていて、ふと真さんに気がつく。真さんは顔から笑みを消して、興味深げにアキラくんと樹くんを見つめていた。そして微笑む。その笑い方は、優雅なんだけど明らかに何か企んでるオカオで、千晶ちゃんはそれを見上げて頭を抱えていた。