悪役令嬢と龍の話
「ほんで」
アキラくんが口をひらいた。
「さっき、言いかけてたことなんなんスか?」
「さっき……ああ、龍の話ね」
真さんは、さらりと黒髪を揺らす。
「龍?」
思わずたずねてしまった。そんな伝承があるなんて。
「そ。龍がいたんだって。で、その龍は、村の子どもたちを次々に食べてしまったんだ」
「そらあかんすわ」
本当にあった出来事のように、相づちを打つアキラくん。
「ちょうどその頃、この島に天女様がやって来たんだって」
なんとなく興味を惹かれて、私は頷く。なぜか目があった。
「で、彼女は龍を説得して、そういう行為を止めさせた」
「おお、さすが神さまやな」
アキラくんは感心する。
「ふふ。で、まだ続きがあって」
にこり、と笑う真さん。千晶ちゃんは完全に無視してしらす丼に集中してて、ひよりちゃんはポーっと真さんを見つめていた。
(……これが真さん目の前にした場合の普通の反応なのかなぁ)
イケメンすぎて逆に引くとかないんだろうか。あと性格が特殊すぎそうで。
(まぁ、ひよりちゃんは真さんが"スケコマシ"なの知らないんだろうから、)
千晶ちゃんが後で説得するだろうけれど……。
私がしらす丼を食べながらそんなことを考えてる間にも、会話は続いていく。
「龍は、天女様に恋をしてしまった」
「ああ、……まぁようある話かもしれんすな」
「でね、龍と天女様は結婚したんだけど」
「なんでやねん」
出た、本場のなんでやねん出た。
「龍は分かるっすわ。なんか一目惚れしてもうたんか、やりたい放題しよった自分諌めてくれたんに感謝したんが恋愛感情になったんか、そら知らんで。でもあると思いますわ。せやけど、なんで神様までやねん、なんで子どもさらってやりたい放題しよった龍に惚れんねん」
アキラくんは納得いかないのか、海鮮丼をかきこみながら一気に言った。真さんは目を細める。
「ほっとけなかったんじゃない?」
「そっすかねぇ。よほど男前やったんやろか」
「さぁねぇ」
龍の男前の基準ってなんだろ。
「でね、結局龍は海挟んで、この対岸に祀られてて。60年にいちど、御神体を運んで天女様と逢うことができるんだって」
「60年!」
アキラくんは目をむいた。
「全然会われへんっすやん」
「まぁでも、神さまだから」
私は口を挟む。
「寿命とか、人間と違うんだろうし」
というか、寿命とかあるのかは置いといて。
「いやいや、でも寂しいやん」
アキラくんは、口を尖らせて、机に肘をついて、少し上目遣いに私を見た。
「なぁ、もし華が天女さまやって、俺が龍やったらな、60年にいちどは寂しいと思わへん?」
「うん?」
唐突に話を振られた。なんだろその例え話。
「俺、何ヶ月かでもしんどかったわ。華に会えへんの」
「? ああ」
退院して、再会するまで、近くにいたのに全然会えなかったなぁ、そういえば。
(アラサー的感覚だと、割とすぐなんだけど。確かに子供の頃は、1ヶ月でも長かったなぁ)
「せやのに60年やで? 気ぃ狂うわ」
「わかるよ山ノ内くんっ」
ひよりちゃんが唐突に口を開く。
「恋してるのに会えない辛さはっ」
「やんなー」
ねー、って感じで頷きあうふたり。……気が会うよね、なんか、このふたりって。
「そういうものかな」
真さんは不思議そうに首を傾げた。
「イマイチ理解できないんだけど、ま、そんな伝承があるよこの島には」
「……で、なんなのです」
千晶ちゃんはパチリ、とお箸を置いた。
「お兄様の目的は」
「こんなに詳しいオニーサマがいたほうが、ここの観光、より楽しいと思わない?」
千晶ちゃんは目を剥く。
「おっ、おおおお思いませんっ」
「思いますー!」
千晶ちゃんとひよりちゃんがほぼ同時に答えた。ひよりちゃんは手まで上げてる。
「でっしょう? ……ま、ほんとーは」
真さんはアキラくんを見て目を細めた。
「オトコノコがいるって聞いて、それってどうなのかなぁってここまで来てみたんだけれど」
「よ、余計なお世話ですっ」
2人の会話を聞きながら思う。
(……多少、エキセントリックだけど)
いや多少じゃないな。かなりです。
(千晶ちゃんが心配だった、んだろうな)
塾での一件。千晶ちゃんは、失恋……というか、元彼に裏切られたショックで自殺未遂までしているのだ。"前世"を思い出す前だった、とはいえ……というか、それに関しては真さんは知る由もない訳で、そりゃあ心配だよなとは思う。
(また同じことがないか)
不安で、つい付いて来ちゃった、とか、のかなぁ。
「でもまあ、千晶目当てじゃないみたいで?」
「あっは、それに関しては安心安全っすわ俺」
アキラくんは笑う。
「ほかに好きな人おりますもん」
「みたいだね」
私は「へー」って思いながらしらす丼をぱくりと食べた。アキラくん、青春してるんだなぁ。ちょっと羨ましいや。