悪役令嬢はしらす丼がお好き
神社から駅へ戻り、路面電車で一路、江ノ島へ。
4人揃って、と言いたいところだけれど、観光客が思ったより多くて、私とアキラくんは千晶ちゃんたちと少し離れた車両にスペースを見つけた。
住宅街を抜けるように、海沿いを走っていく電車。
「あ、せや、お土産」
アキラくんは小さな紙袋をカバンから取り出す。
「え、うそ、なに!?」
「あー、あんな。華のぶんしかないねん、こんなことになる思うてなかったから」
ちょっと申し訳なさそうにアキラくんは言った。
「しー、やで? ひみつ」
「あ、うん」
唇の前で人差し指を立て、眉を下げるアキラくんに、ほんの間見とれてしまった。
(……イケメンってすごい)
「こないだ、神戸のばあちゃんとこ法事で帰ったんや」
「あ、そうなんだ」
「そのお土産。こないだ来てもろうた時に渡そ思うて忘れてた。学校やと渡しにくいし」
「? そう? えっと、ありがとう」
学校で渡しにくいのはなんでだろ? とりあえず、紙袋を開く。
紙袋の中には、小さな黒いクマのぬいぐるみと、白いお守り。
「わ、くま! 可愛い」
「これ、神戸のキャラやねん。なんかええやろ、ゆるいやろ」
「うわ、可愛い! こんなのいたんだ」
「せやろ。なんか華に似てるやろ」
「えっ似てる?」
私って、悪役令嬢やれるくらいには「美人」なはず、なんですが……ま、このクマさん可愛いからいっか!
「これは? お守り」
「それな、ばあちゃんちの近くの神社にあってん。一個一個手作りで、同じ模様はないねんて」
「へえ!」
私はマジマジとそのお守りを見た。白い着物生地なんだと思うけど、それで作られた小さなお守り。桜の模様は、うっすら銀の糸。
「すてき」
「華っぽいなぁ思うてんー」
ちょっと自慢げなアキラくんは、ほんの少しだけ頬を赤くして窓の外を見た。なぜか照れてるっぽい。
つられて、私も外を見る。青い空に、それより青い海。
「夏なったらなー」
「うん」
「泳ぎに来ような」
「あ、いいね、みんなでまた来よ」
見上げた私の鼻を、アキラくんはなぜだか軽くつまんだ。
「いたた!?」
「いや別にな、ええねんけどなっ」
「なに!?」
そんなこんなではしゃいでいる内に、江ノ島駅に着く。
「うお、人やばっ」
「晴れてるからね~」
とにかく、人、人、人、だ。
「はぐれんようにせなな」
アキラくんはにっこり笑って、やっぱり私と手を繋ぐ。ひよりちゃん達は慣れたのか、もうニヤニヤなんかしてこない。それはそれでどうなんですか、私そんなにポケーっとしてますか?
(迷子になんかならないのになー)
歩きながら、ガイドブックで読んだ知識を披露してみる。千晶ちゃんだけに任せるのも悪いので、なんとなくは予習してきているのです。
「えっとね、ここの神様は恋愛成就とかにご利益があるんだって」
「めっちゃええやん」
アキラくんは、繋いだ手をぶんぶんと振る。ご機嫌そうだ。
「でもね、カップルで参拝すると別れる、っていうジンクスが」
アキラくんは、ぱっと手を離した。
「カップルじゃないフリせなあかんな?」
眉根を寄せて、かなり真剣な表情だ。私は首をかしげる。
(……そもそもカップルじゃないしなあ)
どういうつもりの発言なのかなぁ、と首を傾げてハッと気がつく。
(あ、これがもしかしてボケってやつなの!?)
こういう時は、きっと「何でやねん付き合っとらんわ!」とか言うんだ。「せやった友達やった!」でちゃんちゃん、って感じで……。
(う、でもハードルが高いよう)
多少の恥ずかしさがある。しょうがない、ボケに気づかなかったフリをしよう、うん、ごめんねアキラくん……。
「あ、えと、でも、ほら、ご夫婦で来られてる方もたくさんいるし、大丈夫なんじゃない!?」
「あ、ほんまやな。ほな大丈夫や」
ボケを流しちゃった私なのに、アキラくんは優しく笑って、また手を繋いでくれた。今度はなんでか、ぎゅっ、と強く。
(うう、ごめんねアキラくん、ちゃんとお笑い勉強しておくからね)
まぁ勉強しようにも、テレビないからなぁ。
(そういえば……、ウチにテレビ無いの、多分私がニュースを見ないように、だよね)
華のお母さんの事件は、あの新聞記事からすると、どうやらかなり大きく取り上げられていたみたいだ。どうやったって、起訴や判決が出ればニュースになる。私が、それを目にしたら「あの時の記憶」が戻るのではないか、と心配したのだろう、と思う。
実際、たったあれだけの情報で、断片的ではあるが、華の記憶が戻った……というよりは、華の記憶をほんの少し覗き見た、という方が正確だろうか。
「華?」
「あ、ごめん、ちょっとボーっと」
しまったしまった、またポケーっとしてしまってた。こんなんだからお手手繋がれちゃうんだよなぁ。
「華」
アキラくんは笑って、手を離して、両手を私の頰に当てた。包み込むように。
「心配なことあるん? 今日なんかボーっとしてる。いやいつもやけど」
「いつもはしてないよ」
なにか聞き捨てならないひとことが……。
「なぁ、華。なんかあるんやったらなんでも聞くし、華のためならなんでもやるで、俺」
アキラくんは微笑み一転、真剣な表情で、そう言う。私は思わず息を飲む。
「ううん、大丈夫、ほんとに」
「ほんま?」
「うん」
こくり、と私は頷く。
(心配かけちゃったよー!)
みんなで楽しむ日なのに!
「ごめんね」
「謝られるようなことやないねんけど、」
「じゃあ、ありがとう、かな?」
そう言って微笑むと、アキラくんはぐっと黙った。
「なぁ、華、あんな」
「あっアキラくんあれしらす丼!」
私はしらす丼の看板を見つけて、思わず叫んでしまった。
「ひよりちゃーん、千晶ちゃーん!」
ちょっと先を歩いていた2人を呼び止める。
「しらす丼ー!」
「あ、そこにお店あったんだ!?」
気がついてなかった2人は、慌てて引き返してくれる。この人混みですからね、気がつかなくても仕方ない!
(ああ、思ってたより美味しそう……)
思わず駆け寄り、うっとりとお店のドアに貼ってある写真付きのメニューを眺める。
(ああ、生きのいいしらす)
ツバが湧いてきちゃう。
アキラくんを振り返ると、お腹を抱えて爆笑していた。
(なんで!?)
不思議そうな私に気づいたのだろう、アキラくんは「ごめんごめん」と言いながら私に駆け寄って来てくれた。
「いや、これぞ華やな、華らしいな思て」
そして、手を繋ぎ直す。
「あかん、今日ほんまちょー楽しいわ!」