悪役令嬢は大凶をひく
「うう……やっと登りきった」
「……華、体力ないんやな」
さすが強豪バスケ部にスポーツ特待で入部してるだけある、……っていうのは言い過ぎにしても、アキラくんは息ひとつ乱していない。
「運動不足かなぁ……」
神社の、長い参道の階段を登りきり、ふう、と一息をつく。
「華ちゃん持久走、ビリから数えた方がはやいもんね」
ひよりちゃんがからかうように言う。
「50メートル走はそこそこ速いのに!」
「瞬発力はあるみたいなんだけど……」
うーん、と振り返って、その風景が視界をいっぱいにしてーー私は思わず「わぁ」と声をあげた。
「きれい!」
「でしょ?」
千晶ちゃんが嬉しそうに言う。ここからは鎌倉の街が一望できた。
4人並んで、本殿に参拝する。二礼二拍手一礼。ぺこり。
(どうか、どーかっ! 平穏無事な人生がおくれますように)
気合を込めてお願いする。頼みましたよ神様っ!
ふとアキラくんを見ると、アキラくんもちょうど顔を上げたところだった。
「お願い、できた?」
「おう。ちょーお願いしたわ」
アキラくんは真剣な顔で頷く。
(なんだろ。大事なお願いだったんだろうな)
そう思いながら、ふと境内を見回して、それに気がつく。
「あ、おみくじ」
「ほんまや」
「ひいてみる?」
「引きたい引きたい〜!」
ひよりちゃんが一番テンション高く反応した。最近やっと「新しい恋モード」に入ったらしいからね。
(ちょっと安心です)
失恋……とは違うかもだけど、やっぱり新しい恋が一番ですからね!
みんなでおみくじを引く。
巫女さんは私たちを見てにこにこと微笑みながら、おみくじの紙を渡してくれた。
「お、中吉や」
「………だ、大凶」
私はおみくじを持ったまま、ぷるぷる震えた。
(だ、大凶なんて初めて引いたっ)
「うそ!?」
私のおみくじを引いたひよりちゃんが、びっくりした顔をした。
「ごめん華ちゃん、わたし初めて見たよ〜」
「わ、私もだよっ」
あるんだ、大凶なんてー!
「浅草寺は大凶多いとか聞くけれど」
千晶ちゃんが首を傾げた。
「ここも多いのかなぁ。でも、ほら、こっから上がってくばっかだし?」
千晶ちゃんにめっちゃフォローされた。うう、でもなんかヘコむよー。
「ガチヘコミしてるやん華」
ひょい、とアキラくんが私のおみくじを覗き込む。
「ええなぁ華、ほんまに大凶やん。めっちゃレアやん」
「えぇ……いい?」
羨ましがられてしまった。じとりとアキラくんを見上げると、楽しげに笑われて、ばしりと背中を叩かれた。
「なんや、戦ったろーっていう気にならん!?」
にかっ、と笑うアキラくん。
「? なにと?」
首を傾げて、聞き返す。
「運命? なんかそんな感じのやつ」
「……運命」
私は、もう一度、おみくじを眺めた。
「負けたらんで! っていう気にならへん?」
ニコニコ顔のアキラくん。元気付けようっていうより、これ本気の顔だなぁ。
(なるほどなぁ)
そういう考え方もあるのか。ヘコんでた気持ちがちょっと回復していく。
「ん、ちょっとなってきた」
私は微笑み返しながら、もういちど大凶のおみくじを眺める。……うん、内容はそこまで悪いわけじゃない。
「せやろ?」
笑うアキラくん。
「なんか、そっちのがカッコええやんか!」
「あは、そだね」
とりあえず、私は近くのおみくじを結ぶ紐に、それをくくりつける。
(いつか、もし。私が"運命"とやらに、負けそうになったときは、このこと思い出そう)
「……負けたらんで、か」
結びながら、私はそう、ひとりごちた。
「この後、どうする? 大仏さん見る?」
千晶ちゃんもおみくじを結びながら、私たちに尋ねる。
「あ、俺な、海見てみたいねん」
「海? 横浜にもあるんじゃない?」
「いや、江ノ島? なんかようテレビで見るやん」
「行ったことないの?」
うん、とアキラくんは頷いた。
「わざわざ行かへんしなぁ」
「私も小さい頃行ったきりかも」
ひよりちゃんも考え顔だ。
「へぇ」
やっぱ、住んでると行かないもんなのかもなぁ。
「じゃあ、路面電車乗って江ノ島までいってみようか」
千晶ちゃんがにこりと笑った。
「おう」
「しらす丼食べよう」
私は手を上げて提案する。食べてみたかったんだあ、しらす丼!
「どうなんやあれ、美味いんかな」
「あ、どうだろう……」
私は少し頭を傾げた。
(アラサー的にはすごく美味しそうだけど、中学生の胃には物足りないかな?)
海鮮丼とか、もはやお肉とかのほうがいいのかも。
「ま、行けば色々あると思うよ。色々買い食いした記憶ある」
ひよりちゃんの言葉に、私とアキラくんが反応した。
「せやな!」
「ほんと!? 食べ歩きしたい!」
「なんや食べ歩きでテンション戻ったな、華」
「えへ」
「ま、元気出るならなんでもええけどなっ」
再び、元気に私の手を取るアキラくんを見上げて、私は「えへへ」と笑うのだった。