悪役令嬢、やさぐれる
私は軽く首を傾げた。
(違うかな、アキラくんが特殊なのかな?)
"ゲーム"のアキラくん、女の子慣れしてる感じだったし……いやでも、"現実"のアキラくんはキャーキャー言われるのに辟易している感じもあった。
(うーん?)
「華、ほら、段差」
「あ、わ、うわわっ」
また考えことをしてしまった……。
「ほら、な?」
アキラくんは、にっこりと繋いだ手を掲げて見せた。アキラくんの左手と、私の右手。
「繋いでてよかったやろ?」
「う」
まぁこれに関しては、たしかに……。
「ありがとう」
「ほな、今日はこれでー」
少し先を行く千晶ちゃんとひよりちゃんは、時々振り返りつつ何だかニヤニヤしていた。
(ひ、ひよりちゃんはともかくっ)
私は思う。
(千晶ちゃんまでそんな顔して!)
面白がってる顔だ。中身オトナなんだから、手を繋いだくらいでそんなにニヤニヤしなくたっていい。
(照れるとこじゃないのにー!)
なんか、照れて来ちゃうじゃないですか……。アキラくんはぽけーっとしてる私を心配してくれてるだけなのに。
「まずは鶴岡八幡宮だよ」
千晶ちゃんは振り返って笑った。
手を繋いだまま段葛という、他の道より一段高くなっている参道に上がる。
「う、わ」
ぶわ、っと真っ直ぐに続く桜の道。散り始めが近いのか、花びらも綺麗に桜色に染まってちる。豪華だ。
「うお、キレイやなぁ」
その口調が、本当に感動してる感じだったから、私は問い返す。
「アキラくん、桜好きなの?」
「せやな、好きかも」
(あ)
桜から透けるように落ちる日の光を眺めながら、私はとあることを思い出した。
例の乙女ゲーム……"ブルーローズにお願い"の、ヒロインのことだ。確か、彼女は「桜」をモチーフとしたキャラクターじゃなかっただろうか。
(幸い? というか、なんというか、まだ"ブルーローズ"のヒロインちゃんには遭遇してないけど)
いい子だといいなぁ、と思う。
(そうしたら、邪魔なんかしませんから……せめて、ルナみたいな子では、ありませんように……)
心からそう祈る。
そういえば、"ブルーローズ"では、ヒロインの各攻略対象との出会いも確か、桜が関係していたと思う。
(アキラくんは桜が好き、か。既に物語の布石は打たれてる、って感じなのかな)
少しばかり複雑な気持ちになって、私はふと足を止めて鳥居の向こうの神社をながめた。
段葛の先には三の鳥居、そしてその先の階段を上がれば勇壮な神社の本殿が。
「わ、見て!」
「きれー」
「ほら、華ちゃん、アキラくん」
ひよりちゃんに手招きされて、そちらまで行くと。
「あ」
「わぁ」
2人で思わず声をあげた。
段葛の横の通りを、白無垢の花嫁と紋付袴の新郎を乗せた人力車が、ゆっくりと通り過ぎて行った。
周りの観光客も嬉しそうに拍手をしたり、微笑んだりして彼らを見守っている。
外国人と思しき観光客は、着物姿が珍しいのだろう、大きな一眼レフカメラを向けている。
しあわせな光景。
(うう、胸が痛い……)
"私だって"……かつて、前世で何度も思ったのだ。
"この人なら"と。"今度こそ"と、何度も。
(まぁ、なぜか毎回ッ!! セカンド彼女だったんですけどね……)
フリーだったはずの人と付き合っても、気がつけば向こうに"本命"ができている、悲しき日々だった……あれも"運命"だったのだろうか?
胸に詰まった思いを、そっとため息にして吐き出す。
「……華?」
不思議そうなアキラくん。
「あ、ごめん。……綺麗だったね」
「せやなぁ」
「……憧れるなぁって」
「お、和装派なん? 覚えとくわ」
なぜか神妙に頷くアキラくん。覚えといてどうするんでしょう。
(前世でもそういうの良く言われたなぁ、本命にする気もなかったくせにっ)
「似合うやろうなぁ」となぜか嬉しそうなアキラくんにさえ、ハイハイお世辞アリガトーみたいな逆恨み的感情がうずまく。
(完全にやさぐれモードだわ)
口を尖らせたまま、ぽつりと呟く。
「幸せな結婚がしたい」
結婚だけが人生じゃない。でも、でもさっ、前世あれだけアンラッキーだったんだもん、今世ではさ! なんていうか「たった1人の大事な人」に出会いたいよ!
そんなことを考えていると、なぜかアキラくんが微笑んで、ぎゅうっと手を握ってくれた。
(?)
君はさっきからなんなんだ。もしかして、元気付けようとしてくれてるのか。
(中学生に心配かけてっ……)
情けないぞ、中身はアラサーなのに!
気を取り直して、私はとりわけ元気な声で「よし! 行こうっ」と声をあげた。