悪役令嬢、観光の計画を立てる
「そ、そっかぁ。あれ瑛くんかぁ」
「知ってると思ってたよ」
「あの時、緊張してたしなぁ」
やや落ち着きを取り戻した千晶ちゃんは「そんなこともあるのねぇ」とひとりごとのような、相づちのようなことを呟いた。
「で、ね。観光スポット的なとこってある? アキラくんも私も、あんまり鎌倉ウロついたことなくて」
遊ぼう、って決まった時にどうせなら観光してみよう、ってことになったのだ。
(住んで1年くらい経つけど、まだ殆ど回れてないんだよなぁ)
住んでると、逆にそんなもの、なのかもしれない。ひよりちゃんもよく知らない、って言ってたし。
「ふつうに観光スポット? お寺とか神社とかでもいいの?」
「うん、そーみたい」
中学生3人で寺社仏閣めぐり、ってなんかシブいけど、まぁ、メンバー的に楽しいんじゃないかと思う。
千晶ちゃんは本棚から、鎌倉の地図を取り出して、いくつかの観光名所を教えてくれた。
「はー。ありがとう。私、まだ良く分かってないから」
地図を眺めながら、私はお礼を言う。
「あは。いいよいいよ。あの、わたしね。前世、日本史の先生してたの」
はにかむように、千晶ちゃん。
「だから、結構この土地は好きかな」
「そうなんだ……あ、じゃ、それで日本史の教科書、お兄さんに借りたの?」
通称グケイな、やたらと綺麗な黒猫みたいなあのひと。
「ん?」
千晶ちゃんは、テーブルの上の日本史の教科書をチラリと見遣ると「ちょっとね」と肩をすくめた。
「気になることがあって」
「ふうん? ていうか、千晶ちゃん、明日暇なら一緒にどうかな」
「え、いいの?」
少し嬉しそうに、千晶ちゃんは微笑んだ。
「うん、アキラくんとは実質初対面になるだろうけど……」
「ううん、実はひよりちゃんとそろそろ会いたいなと思ってたの」
「じゃあ決まりー」
私はぱん、と手を叩いた。
「2人には連絡しておくね!」
それからしばらく、益体も無いことをツラツラと話してから、私は迎えに来てくれた、島津さんの運転する車に乗るために、玄関へ向かっていた。
「これまた豪勢なお玄関だよねぇ」
「この家自体が大正に作られてて、文化財に登録されてるの」
だから改修も勝手にできないんだよ、と千晶ちゃんは少し不服げだった。
「いちいちお伺い立てなきゃなの」
「へー」
「だから、住み心地はあんまり良くない。……歴史好きとしてはなかなか楽しいんだけど」
そう苦笑する千晶ちゃんの背後から、ふっと、本当に猫のように、唐突に真さんが現れた。
「あれ、もう帰るの」
「あ、ハイ」
真さんは「ザンネン」と微笑んだ。思わず固まる。
(……えげつなー)
ひとことで「イケメン」と表せない、そんな不思議なひとだった。整いすぎてる。
「お兄様?」
にこり、と千晶ちゃんは微笑む。
「華ちゃんは、わたくしのお友達ですの。おーとーもーだーちー。お判りですわよね?」
ね? と駄目押しするかのように千晶ちゃんはぐい、と真さんのほうに一歩近寄る。
「分かってるよ千晶」
真さんは頬を緩めた。
「可愛い可愛い僕の千晶の大事な友達に手を出すほど、僕は女性に飢えちゃいないよ」
「ほんと〜ですわよね」
「あっは、信用ないなぁー」
真さんはクスリ、と笑うと私の髪をひと房、そっと持ち上げた。思わず身じろぐ。
「じゃあね華ちゃん」
至近距離に、彫刻のようなかんばせ。
「クソ兄貴その手を離してくださいませ!」
「呼称がなんだかいつもと違うね千晶、新鮮でとってもヨシ!」
とっても楽しそうに高笑いしながら、真さんは家の中に引っ込んで行った。
「ご、ごめんね華ちゃん、バカ兄貴、あの通りのスケコマシなの……」
「す、すけこまし」
久々に聞いたよそんな単語……。
改めて千晶ちゃんに手を振って、島津さんのハイヤーに乗り込んだ。
しかし最近、島津さんは私専門みたいになってて、ちょっと申し訳ないような気がしてる。結構待たせたりしちゃうし。
(いつか、お礼しなきゃなぁ)
お礼しなきゃいけないことだらけだ。
「華様は、鍋島様ともお付き合いがあるんですねぇ」
「え、島津さん、鍋島さんのこと知ってるんですか?」
「ええ、地元の代議士さんですから」
「代議士……というと」
「衆議院議員をされているはず、ですよ。多分お祖父様でしょうか。代々政治家の御家系で」
「ふはー」
思わず変な声がでた。
(ガチお嬢様だあ)
それから、少し首をかしげる。
(千晶ちゃんが青百合に入れなかったのは、精神的な病気のせい、ってのは知ってるんたけど)
実際、今日出されたお茶受けはクッキー。ケーキじゃなかったのは、きっと、千晶ちゃんは私といると「フォークが使えない」から。
(……ゲームの千晶ちゃんは通ってた、ってことは原因は"前世"のほうにあるのかな)
想い出さずとも影響を与えていたのは、ゲームと違って千晶ちゃんがグケイ……じゃない、真さんに恋してなかったってことから明らかだと思う。
(なにがあったのかな)
私の前世同様に、なにか……。
無理に聞き出そうとは思わないけれど、ほんの少しだけ、それが気にかかった。