悪役令嬢、クッキーを食べる
ていうか、染色体XXならいいのか。ストライクゾーン広すぎない?
「それはまた、相当な女性好きで……」
「うーん、ていうかね、あれは復讐なのよ。愚兄なりの。全く理解できないんだけど」
千晶ちゃんは、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
「わたしたちの母親ね、わたしが生まれてすぐ、出てっちゃったみたいで」
「え」
「もともと政略結婚みたい。でもまぁ、オトコ作って出てくのはね、褒められたものではないよね」
「うーん」
「でね、愚兄は母親がオトコ作ったのにもショック受けてるし、自分置いてったことにもショック受けてるのよ」
「まぁねぇ……」
それは傷つく、と思う。特に、まだ幼かったのならば、なおのこと。
「それで、彼女……っていうか、もうオンナ取っ替え引っ替えよ。女性性、というものに憧憬と憎悪を同時に抱いちゃってる的な」
「的な」
すごく難しいことを言われている気がする……。
「"サムシングブルー"ではさ、その辺りをヒロインが癒していくわけだけど」
「あ、そういや」
私はぽん、と手を叩いた。
「ごめん、"ブルームーン""ブルーローズ""サムシングブルー"って、どういう順? ていうか、いつシナリオ開始なのかな、それぞれ」
「ああ、えっとね」
千晶ちゃんは首を傾げた。
「まず"ブルームーン"シナリオ開始は、わたしたちが高校1年のとき。悪役令嬢はひよりちゃんで、ヒロインは言わずと知れた松影ルナ。ちなみにデフォルト名です。同級生ね」
「うん」
「それから、華ちゃんが悪役令嬢となる"ブルーローズ"、これは私たちが高校2年生になったときがシナリオスタート。ヒロインは1つ下の子。彼女の入学式がシナリオのスタート」
「どんな子かな……」
「いい子だといいよね」
千晶ちゃんは、少し気遣わしげに言った。
「それから"サムシングブルー"、わたしが悪役令嬢です。わたしたちは、高校3年生だよ。ヒロインは同級生なんだけど、転校生になります」
「高3で転校?」
「学園はそもそも付属高校なの。大学にエスカレーターで行けるから、早めに転入試験受けて入ってくる子もいるんだって」
「へえ」
「特に成績優秀な人は授業料免除になるから。ヒロインもそれで転校してきたのよ、親の負担になりたくないって」
「なるほどね」
ゲームとか漫画で良くあるパターン、かもしれない。
「んで、さっきの愚兄ですが」
「あ、はい」
グケイグケイってなんか、ゲシュタルト崩壊してきたなぁ。
「愚兄はね、付属の大学に通ってて、部活の指導をしに、母校である学園に来てて。その時にヒロインと出会うわけ」
千晶ちゃんはケッ、という顔をした。
「いつまでも先輩ヅラして通っちゃってさ、後輩からウザがられたらいいのに」
「ち、千晶ちゃん、キャラ変わってる」
「え、あ、うふふ」
「うふふ」
しばし微笑み合う。
お互い、紅茶をひとくち、ふたくち。
「えーと、ごほん。と、まぁ。そんな感じです」
「なるほどねえ……、分かったような、分からないような」
「また分からないことあったら聞いて?」
「うん、そうさせてもらいます」
私はぱくり、とクッキーを食べた。美味しい。止まらない。もぐもぐ。
「あ、そういえばね」
「うん?」
クッキーを口にする合間の私の問いかけに、軽く首をかしげる千晶ちゃん。ポニーテールかフワリと揺れて、大変可愛らしい。
「明日、アキラくんとひよりちゃんと遊ぶんだー」
ひよりちゃんと行けなかったカフェ巡り、気がついたらアキラくんも参加することになってた。今日が練習試合で、明日は丸一日お休みになるらしい。
「ふーん、瑛くんかぁ、……え!?」
突然の大声に、びくりとなる私。え、会ったことあるはずだけど……気がついてなかった!?
「な、なに!?」
「えっ、山ノ内瑛くん!?」
「う、うん」
「なんでもう出会ってるの!?」
「え、い、言ってなかったっけ」
「聞いてないよ~」
驚き顔の千晶ちゃんに、アキラくんとの出会いについて話す。
「そ、そうなのかぁ……」
「うん、記憶戻って訳わからない時に支えてくれた、マジのガチでマブダチなの」
「マブダチって……はぁ、そう。しかしびっくりしたわ」
「ていうか」
私は首を傾げた。
「千晶ちゃん、会ったことあるよ」
「へ?」
「去年の秋、塾でさ。例の騒ぎの時」
「うん」
「一緒にいたよ?」
「へ?」
「女装してたけど……」
千晶ちゃんはしばしぽかん、としたあともう一度叫んだ。
「あ、あの女の子!? や、女の子じゃないのかっ。ちょっと声低いなとは」
「まぁ、なんとなくゲーム知識あると"山ノ内瑛は金髪"みたいな先入観もあるしね」
となると、一目で見抜いたルナは相当すごいんだけど。さすが、樹くんをして「将来は稀代の詐欺師」と言わしめるだけはある。