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悪役令嬢は黒猫に出会う

「え、あ、そうなの!?」

「ううんっ、こっちで、現実的に好きになるか、は分かんないけど」


 顔の前でぶんぶん、と手を振る千晶ちゃん。


「うんうん」


 ちょっと、ニヤニヤとうなずく。


「だから、わたし、彼の設定とかは調べてて、結構詳しくて」

「うん」

「圭くんのお父さんは、常盤の本家の次男だか、三男だか、なんだけど。若い頃に、家出同然に外国に行っちゃって、そこから音信不通になってたみたいなの」

「へぇ」


 やっぱ、本家とかあるんだなぁ。高校くらいになったら、樹くんの婚約披露どうのこうの、で顔合わせするみたいだけど。


(敦子さんは、できるだけ会わせたくないみたいなんだよなぁ)


 気位の高い人たちなのかもしれない。敦子さんとは、合わなさそう。


「で、どうもイギリスで画家をしてた、みたいなんだけど。そこで出会った女性と結婚して、子供が産まれるの。それが圭くん」

「うん」

「ところがね、圭くん小さい頃にお母さん亡くなっちゃってて」

「……そうなの」

「で、多分、今年、お父さんも。急なご病気で」

「そっかぁ……」


 私はしゅんと眉を下げた。


「それで、日本の常盤家に引き取られるんだけど、まぁ、いらない子扱いされてね」

「うわぁ」

「親戚のとこ、転々とするみたい。それで、華ちゃんのおばあちゃんが気の毒に思って引き取るんじゃなかったかな」

「なるほどねぇ」


 敦子さんなら、そうするだろう。


「てことは、もう日本にいるのかな」

「ううん、多分、まだお父さんご存命だと思う。そういうエピソードあったでしょ」

「あ」


 そういえば、あった。

 ヒロインちゃんに、父親との思い出を話すシーン。

 最後に過ごした夏の思い出。

 キラキラ光る水面に浮かぶ、白鳥が綺麗だった、って。

 お父さんがそれを絵に描いてて、それを横に座ってずうっと眺めてたんだ、って。


(その絵を、圭くんは大事にしてたんだよね)


 華が取り上げちゃうんだけど。


(なぜに? まぁ、それをヒロインちゃんの活躍で取り返すんだ、確か)


「絵、と、とらないよ?」

「分かってるよ」


 千晶ちゃんは、苦笑した。


(なんか、"これから先"を知ってしまうのって辛いこともあるんだなぁ)


 かと言って、私にできることって……あるのかな。


(そんなこと、できる?)


 健康診断受けてもらうとか?

 む、と私は眉をひそめた。


(……とりあえず、できることはしておこう)


 そーだ、そうすべきだ。とりあえずはとりあえず、だ。あとで「やっときゃよかった」ってなるのも、心苦しいし。


「ところで、華ちゃんは前世で誰推しだったの? 樹くん? 瑛くん? 圭くん?」

「えっとね」


 私はちょっと照れてしまった。これって結構照れるんだなぁ。


「トージ先生……」

「藤司先生! 分かる!」

「わ、わかる? あの大人の雰囲気、良かったよね」

「うんうん、いつもなんか余裕があってね、ニヒルな感じでっ! でも時々甘えてくるのが、なんていうか、母性本能くすぐるんだよねっ」

「それそれ! それなのよー。藤司先生、今頃なにしてるんだろ」

「大学生くらいかな? 確か、"華"が高2で新任の先生だったから」

「だねぇ、かっこいいだろうねぇ」


 2人で、すこしウットリと宙を眺める。

 生物の先生で、いつも白衣を着ていて、瞳が、虹彩に少しだけ紫が混じる、不思議な色をしていて。


「さすがに、恋しちゃうかも」

「しちゃう?」


 からかい気味に言う千晶ちゃん。


「だぁってイケメンだし」

「樹くんもイケメンじゃない」

「イケメンだけど、中学生だよ」


 今頃、サッカーの練習中なんだろうな、なんて思う。


(汗まみれで、頑張ってるんだろうな)


 ちなみに鹿島は茨城県だそうで。お土産に干し芋をリクエストした。好きなんだよね、干し芋。


「いつまでもコドモじゃないよ。彼だって大人になるんだから」

「え」


 ほわほわ、と想像してしまう。

 ゲームでの樹くん、それより少し、大人になった樹くんを。


「……」

「赤面」

「からかわないでー! いやでも、うん、その時もう許婚じゃないかもだし」

「まぁね」


 千晶ちゃんは、お行儀悪くテーブルに肘をついて頰を乗せた。ニヤニヤ笑いながら。


「わたし、結構お似合いだと思ってるんだけどな」

「やややややめて、次会った時意識しちゃったら嫌だから」

「しちゃえばいいのに」

「やめてよう」


 その時、部屋をノックする音がした。


「はい」

「千晶、お客様?」

「あ、お兄様」


 千晶ちゃんは「どうぞ」と声をかけた。

 入ってきたのは、学園の高等部の制服を着た、これまた見目麗しき少年。

 サラサラツヤツヤの黒髪に、すこしだけつり目がちの大きな目。


(上品な黒猫みたい)


 少し意味深な目線で、こちらを眺める。


(ん? ん? なんだろ)


「千晶のお友達?」


 にっこり、と微笑まれる。


「あ、はい、お邪魔してます」


 ぺこり、と頭を下げた。


「ごめんね、邪魔をして。忘れないうちに渡しておこうと思って。はい、千晶」


 何か教科書のようなものを渡す千晶ちゃんのお兄さん。


「ありがとうお兄様。すぐお返しします」

「いいよ、ゆっくりで。しばらくは地理で、日本史は使わないみたいだから」

「そう? またいる時は言ってくださいな」

「うん。じゃあね、ごゆっくり」


 お兄さんは優雅な微笑みを残し、パタリと上品にドアを閉め去っていく。


「……あれがウチの愚兄、超絶腹黒外面だけパーフェクトクソ男のマコトくんです」

「すごい、悪口すごい」

「ちなみに"サムシングブルー"の攻略対象になります。高校1年生」


 サムシングブルー、とは千晶ちゃんが悪役令嬢する(って言い方も変だけども)のゲームのタイトルだ。


「やっぱりぃ」


 イケメンだもの。イケメン、というか、綺麗。えげつない綺麗さだ。


「とにかくアレには近づかないほうがいいわ。息がかかると妊娠する」

「ものすごい言い様」

「もうね、すごいよ。彼女取っ替え引っ替え、フタマタサンマタ」

「……!? お、女の敵じゃん」


 私はうぐぐ、と歯をくいしばる。


(ぜ、前世のトラウマがっ)


「だよね。でもゲームでは、千晶は妹ながらにアレにガチ惚れしてたのよ。信じられない」


 吐き捨てるように言う千晶ちゃん。


「今は?」

「まぁ、兄妹だから、情はあるけど……あるっちゃ、あるけど」


 まるで、ないっちゃない、と続きそうな言い方で千晶ちゃんは言った。


「千晶ちゃんの前世の記憶が、思い出す前も無意識的に恋するのをセーブしてたのかな」

「うん、それはあるのかも」


 少し考えるそぶりの千晶ちゃんは、物憂げに続ける。


「まぁ、奴が染色体がXXであれば誰にでも手を出すようになったのには、理由があるんだけどね」

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