悪役令嬢会議
「突然ごめんね」
「ううん、わたしも色々話したいと思ってたし」
千晶ちゃんはにこりと笑って、わたしを出迎えてくれた。
樹くんが鹿島だかに、練習会に呼ばれて行っちゃった土曜日の午後のこと。私は鍋島千晶ちゃんの家にお邪魔していた。
「てか、やっぱお嬢様なんだ」
「うん、まぁ一応、そんな感じ」
千晶ちゃんは少し複雑そうに笑う。
千晶ちゃんの家は大きな洋館って感じの二階建て。なんなら蔦とか這ってるし。
(何部屋あるんだろー)
通された千晶ちゃんの自室で、少しキョロキョロしてしまう。
(自宅にシャンデリアあるひと、初めて見た)
「失礼します」
ガチャリと部屋に入ってきたのは、お手伝いさんだという、若い女性。
私と千晶ちゃんの前に丁寧に紅茶とクッキーを置いて、そしてスッと去っていった。
「リアルメイドさんじゃん……」
「そんなんじゃないって、毎日いるわけじゃないし」
「ほぇー」
そう言いつつも、目線はクッキー。
じゅるりとクッキーを見つめる私に微笑みかけ「どうぞ」と微笑む千晶ちゃん。
遠慮なくいただきます。
「おいしー」
頬を押さえて片首をかしげる。
ほっぺたが落ちそうなんだもん。
「良かった。あの人、ノゾミさんて言うんだけど、彼女の手作りなんだって。後で言ってあげて、喜ぶと思うから」
「あ、うん、ぜひお礼を!」
「ていうか、設楽さんとこも、お手伝いさんいるでしょ?」
「ウチの八重子さんは、ほぼ敦子さんのお友達枠だしなぁ」
「そうなんだ」
不思議そうな千晶ちゃん。
「てか、千晶ちゃん。私のこと、華でいいよ」
「そ、そう? なんか照れちゃって」
「わかる」
アラサーになると、新しくできた友達を下の名前で呼ぶのに、若干の抵抗が出てきちゃうのだ。
「でも、せっかくだから……よろしくね、華ちゃん」
はにかむ千晶ちゃん。
(か、可愛い)
思わず赤面してしまう。何やってんだ、私。
「あ、えと。そうだ、聞きたいことがあって」
私はぱちん、と手を叩いて口を開いた。
(そうそう、そうなんです!)
ここに来たのは他でもない、「とある存在」を思い出したから。
(入院してた時から、なーんとなく頭に引っかかってはいたのよね……)
"華"の家族は、身寄りは「おばあちゃん」だけ……そう思っていたけれど、先週、樹くんと話していて思い出したのだ。
「樹くんって、兄弟欲しかった?」
なぜそんな話の流れになったのかは、いまいちボンヤリしてる。多分、読んでた本か漫画の感想を話してたはずなんだけれど。
「うむ」
樹くんは頷いた。
「弟か兄が欲しかったとは思う」
「おんなキョウダイは?」
「うーん」
樹くんは首を傾げた。
「いまいち想像がつかないからなぁ……」
「ふーん」
「華は」
「私? そーだねぇ」
樹くんの顔を見る。
(前世ではお姉ちゃんがいて、時々優しいお兄ちゃんか可愛い弟が欲しいな、とか思っていたけれど)
樹くん、弟みたいで可愛いんだもんな。なんか満足しちゃってるなぁ。
「特に」
「そうか」
「樹くんいるし」
「む?」
不思議そうな顔をしてる樹くんを見つめながら、私はハッと息を飲んだ。
(そーだっ!)
いるよ!
"華"に、弟、いたよ!
(というかですね!)
私は自分の記憶力のなさを恨んだ。
(ゴリゴリに攻略対象でしたよ!)
ただ、ほんとにフワフワとした記憶しかない……敵(?)を知れば百戦危うからず、ということで、前世仲間である千晶ちゃんにコンタクトをとってみたのでした。
そんなことを回想しながら、私は千晶ちゃんに質問をする。
「華って、弟、いたよね?」
「うん、攻略対象だよね。圭くん。まぁ本当の弟さんじゃないけど」
「ケイ? あ、そうだ、圭くんだ。親戚の子だっけ」
「翠の目の、ハーフの子だよ」
「そうだそうだ、いたいた」
少し物憂げな雰囲気の、確か、お母さんがイギリス人の男の子。
「その子、いつくらいにウチに来るか分かる?」
「ええとね、確か、圭くんが中二の冬……? とかじゃなかったかな」
圭くんは、私の1つ下なのだ。つまり、"ブルーローズ"ヒロインと同学年。
「てことは、今年の冬?」
「年明けてからかもだけど、うん。そんな感じなはず。中学卒業する前に来ると思う」
「そうかぁ……まぁ、何が出来るわけでもないけど、覚悟だけはしとこう」
いつ出会うのか分かると、ちょっと気構えができる。
「あのね、可愛がって、とは言わないけど」
千晶ちゃんは、少し言いにくそうに言った。
「すこし、気に掛けてあげてほしいなあ、とおもう」
「ん? どうして?」
「えっとね、実はね」
千晶ちゃんは、少しだけ照れたように目を伏せる。
「圭くんて、わたしの前世での推しなんだよね……」
そう言って、ほんの少し頬を染めたのでした。