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悪役令嬢、カレーを作る

「倒れたってどういうこと!?」


 アキラくんの家から帰って、リビングでノンビリしていた時のこと。

 一泊二日の出張から帰宅した敦子さんは、世界の終わりのように叫んだ。


「倒れてない。倒れてないです。体調悪くなって保健室行っただけ」

「ほんと? 熱とかないの?」


 ひんやりほっそりとした手が、私のおでこに添えられる。


「大丈夫だって」

「でもね……お医者様行ってみる?」

「ほんとに大丈夫」

「そう?」


 それでも心配気な敦子さんに「あ、そうだ!」とことさら元気を演出して声を出した。


「晩御飯、私作ろうかな?」

「晩御飯ん~?」


 八重子さんがいる時は手作りごはんが食べられるものの、敦子さんはお茶淹れる以外で絶対キッチンに立たない。絶対。

 なので、八重子さんがいない時はたいてい外食なのだ。


(たまには自分好みのご飯が食べたい)


 もちろん、八重子さんのご飯も、お外で食べるお食事も、学校給食(あれ、給食と呼んでいいのかな……)も美味しく毎日完食しているんですけども。


「ね、いいでしょ。簡単なものにするから」

「いいけど、材料ないわよ」

「買いに行けばいいじゃない」


 徒歩5分ほどにスーパーがあるのだ。


「まぁ、華がしたいなら……ふふ、楽しみね」


 外へ行く準備をしてらっしゃい、と言われて部屋着から簡単に着替えをした。

 リビングに戻ると、敦子さんはどこかへ電話しているところだった。


「そうなんですよ、華が。ええ。ではそうしましょう、ごめんください」


 電話を終えた敦子さんは、私を見つけると微笑み「樹くん来るからね」と告げた。


「え、ええっ!?」

「だって華の手作りごはんだもの、未来の旦那様に食べさせなきゃじゃない?」

「いや、でもだって、樹くんだって忙しいんじゃ」


 土曜日だろうと何だろうと、樹くんは忙しいはずだ。正直どの部活も強豪な規格外のあの学校、そのサッカー部で一年生からレギュラーなんだとか……。


「いま静子先輩に聞いたらね、この辺のグラウンドで練習だったみたいよ。帰りに寄ってくれるみたい」


 ふんふーん、とすっかりご機嫌に玄関に向かう敦子さん。


(うう、なんかプレッシャー……)


 まさか樹くんにご飯作る日が来るとは。

 こっそりため息をついて、私も玄関へ向かった。


「あらー。真っ暗ね。大丈夫、華?」

「歩きは無理かもです」

「よね。車出しましょ。駐車場くらいは歩ける?」

「それくらいなら」


 玄関の外はすっかり暗くなっていた。エントランスで夕闇を見ながら敦子さんとそう話して、駐車場へ向かう。


(暗い道が怖い、なんて、でも)


 前世での最期が思い出される。

 私は夜道を歩いていてーー


(いけないいけない)


 慌てて首を振って車へと向かう。助手席に座ってシートベルトを着ける。エンジンがつくと同時に明るい音楽が流れてきて、少し落ち着いた。

 ちなみに内容は、無難にカレーライスに決めていた。あとサラダとスープ。


(簡単だし。失敗しないし。味はルーが決めるし)


 素晴らしきかな、カレールー。

 サラダにできそうなお野菜類は冷蔵庫にあるのを確認していたので、あとはルーと玉ねぎとお肉くらい。調味料は揃ってるし。


「あら、あれ樹くんじゃない?」


 駐車場で車から降りてすぐ、敦子さんが言った。

 スーパーの前で、ジャージ姿で肩を上下させているのは、確かに樹くんだった。完全に息を切らしている。

 慌てて駆け寄り、声をかけた。


「い、樹くん、大丈夫? 何か急いでいたの?」

「ああ、華か。いや、大したことはない。急いで来ただけだ」

「急がなくたって、別にウチに直接来たらいいじゃない。まだご飯作るのも時間かかるし」

「? 華に早く会いたくて急いだだけだ」

「……? そうなの?」

「そうだ。変か?」

「? ううん?」


 お互いの周りを?マークが乱舞している気がする。

 敦子さんはまたもニヤニヤと笑いながら「はいはいさっさとお買い物しましょ」とお店に入っていった。


「えっ牛肉……国産牛よね? グラムこの値段なの? 大丈夫? どこのお肉なの?」


 さっきから失礼なことをブツブツ言っている敦子さんと、無言でカゴを持って付いてくる樹くんを引き連れ、お肉コーナーを物色する。


(絶対変な客だと思われてる……あ、カレー用のお肉、お買い得になってる!)


 しかも半額シールが貼られているものもあるじゃん!

 喜び勇んでカゴに入れて、相変わらずへんな2人を引き連れてレジに並んだ。



 帰宅して、ちゃっちゃとカレーを作る。


「はいどーぞ」

「あら美味しそう」

「美味そうだ」

「……カレーライスで大げさな」


 スプーン片手に大喜びする2人に一応そうつっこむ。

 三人でいただきます、と手を合わせぱくりと食べる。


(うん美味しい。普通にカレーライス)


 脳内で及第点を付けていると、樹くんが泣いた。


「……生きていて良かった」

「そんなに!? そんなにカレー好きだった!?」

「カレーも好きだが、きっと華が作ったものなら何でも美味いに違いない」

「やめてプレッシャーで今後なにも作れなくなる……」

「!? それは困る」


 樹くんが本気で困った顔になる。


(ほんとに変な子……)


「でもほんとに感心したわよ、華。手際も良かったし。あたし料理しないから良く分かんないけど」

「あは」


(前世で一人暮らし歴長かったからなぁ)


 しかし、褒められて悪い気はしない。

 食べ終わると、スーパーで見切り品三個500円のショートケーキをデザートとして出した。ちなみに買うとき「五百円……?三個で……?」と敦子さんが本気で狼狽していたのはちょっと面白かった。


「あら、じゃああたしお紅茶淹れるわ。良い茶葉いただいたの」


(見切り品に良い紅茶はちょっともったいない気もする……ま、せっかくだしいただこう)


 淹れてくれる間にと食器を下げようとすると「俺がする」と樹くんが立ち上がった。


「食器も洗おう」

「え、お客さんにさせられないよ。てか食洗機あるし」

「しかし、それでは俺は何もしてないじゃないか」


 明らかにしゅん、とする樹くん。うーん。


(良い子なんだよなぁ……)


「あ、じゃあ今度何か作ってよ」

「……ふむ」


 樹くんはちょっと考えて頷いた。


「カレーライスでいいか?」

「……うん」


 どんだけカレーライス好きなんだろ、この子。

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