表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/161

悪役令嬢、ヒロイン(?)と遭遇する

「ほんで、その時ユウキが余計なこと言うてん。先生マジブチ切れやって、死ぬか思うたわ」

「あはは! でもそれ、アキラくんも悪いんじゃん」

「せやけどさぁ」

 すっかり日課になってきた、アキラくんとのおしゃべり。院内のコンビニでお菓子買って、イートインコーナーで食べながら。結構楽しい。

 アキラくんと過ごしている時だけ、現実に対する違和感のようなものが緩和される。


(息が、ちゃんとできる気がする)


 人に(それも、まだいちおう小学生に!)頼らずとも、現実に対して折り合いをつけていかなくては、とは思うのだけれど。

 ぱくり、と一口サイズのチョコをつまんで口に放り込む。

 はー、美味しい。チョコ美味しい。甘いは正義。チョコ甘くした人天才じゃない……?


「華、ここの池、鯉おるの知っとる?」

「え、そうなの」


 そういえば駐車場の横に小さい池があったんだよな、確か。


「探検しよって見つけてん」

「……アキラくんって、入院中なのにアグレッシブだよね?」

「あー、俺ほんまは入院せんでも良かってん。けど、家おったらケガしとんのに遊びまわるやろ? せやから入院になってん」


(……アキラくんのお母さん、アキラくん入院してるのに遊びまわってますよ~~)


 頭の中で見知らぬアキラくんのお母さんに告げ口してみる。


「でな、見に行かへん? 運が良かったら餌やらせてくれるで、オッチャンがおったらやけど」

「オッチャン?」

「うん、なんやたまに餌やってるオッサンやねん。管理人かなんかやみたいなこと言うてたで」

「へぇ」


 そう誘われて、2人でコンビニを出た。

 のんびり歩きながら、池を目指す。


(そういえば。明日、アキラくんは退院するんだよね。うう、さみしい……)


「華はいつまで入院なん」

「わかんない……」


 意識が戻って、かれこれ1週間は経つ。

 検査検査検査で何がなんだか分からないけど、ひとつ言えることは。


(ほんっっと、誰もお見舞いに来ない)


 お見舞いどころか、様子も見にくる気配はない。


(まぁ、ゲーム知識で華に"おばあちゃん"以外、身寄りはないってのは知ってるんだけど)


 ゲームでの設楽華は、そのおばあちゃん(テンプレ通り、お金持ち)に甘やかされるだけ甘やかされて、とんでもワガママお嬢様に育っていた。


 ふう、とため息をついて、今更なことに気がついた。


「ねぇアキラくん、今更なんだけど、ここどこ?」

「どこて……あー、記憶ないんやっけか。横浜やで」

「横浜?」

「横浜は分かるんや?」

「あ、うん、あー。個人的なこと以外なら覚えてるよ」

「ほーん」


(前世では観光に来たことがあるくらい、かなぁ)


 あまり縁のなかった土地だ。


(中華街の肉まん、美味しかったよな。あとごま団子……、けどほんと、これからどうなるのかな)


 唯一の身寄りのはずのおばあちゃんすら、姿を見せない。


「ていうか、アキラくん関西弁なのに?」

「元々、神戸の人間やねん。こべっこやねん」

「へー」

「あ、せや、華も退院したら遊ぼうや」


 にかっ! と笑うアキラくん。


「うん! 遊びたい」


 できれば中華街を食べ歩きしませんか。

 脳内で、そう返事したときだった。

 どん、と背中を押されたのだ。


「きゃ」

「華っ」


 アキラくんは支えようとしてくれたが、何せ松葉杖の身、私は一人でころんと廊下に転がった。


(む、むしろ支えてくれなくて良かった……! ケガ悪化したら大変だもの)


「ちょ、大丈夫か!?」

「う、うん大丈夫大丈夫」


 私はすぐに起き上がった。安心させるようにアキラくんに向かって微笑んで見せる。


(いたたた、急に何が……)


 振り返ると、そこには女の子が立っていた。


(うぇ、か、かわいい)


 押されたことなど、つい忘れてしまいそうなくらい、可愛らしい女の子だった。

 年の頃は同じくらい、か……?

 艶やかなツインテールの栗色の髪、色白なのに健康的な血の色が透けているような肌、ぱっちりとした二重の目。


「おいコラ、急になにしてくれてんねん」


 アキラくんは、その女の子を強く睨みつける。しかし、女の子は意に介すことなく、低い声でこう続けた。


「設楽華。なんであんたが、アキラくんといるワケ?」


 憎々しげなその声に、私とアキラくんは顔を見合わせた。


(……誰?)


 可愛らしいかんばせを、つい感心して眺めてしまう。が、その瞳には明らかな敵意が満ち満ちていて、思わず一歩引いてしまった。


(怖い)


「華、知り合いか?」

「ううん、……あの、えっと、どこかで会ったことがありましたっけ?」

「は? 会ったことお? 無いわよ」


(無いのかよ!)


 脳内ツッコミ。


「無いけど、設楽華。アンタみたいな性悪女が、どうしてアキラくんといるのかって言ってるのよっ」

「しょ、しょーわる」

「あ!? 何やさっきからキーキーキーキーわめきよって、自分なんやねん」


 アキラくんは私を庇うように、私と女の子の間に立った。


「あ、アキラくん!? そ、そんな女を庇うことないわよ」

「そんな女て何やねん、お前が華の何を知っとるいうんや。会ったことも無い言うてたやないか」


 きっ、と女の子を睨みつけるアキラくん。

 女の子は困惑したように首を捻った。


「……どういうこと? この2人、幼なじみ設定とかあったっけ?」


 女の子は小さく、ポツリと呟いた。


(……、幼なじみ"設定"? もしかして、この子も記憶持ち?)


「きっとそうなんだわ。幼なじみ設定。知らなかったわ、まだまだね、あたしも」

「何をワケの分からんことを、」

「騙されてるのよ、アキラくん!」

「やから、さっきから何やねんお前!」

「あー、もう! 分からず屋ね! ……ま、いいわ」


 女の子は薄く笑うと、こう続けた。


「あたしの攻略対象じゃないし」


(……え?)


 どういう意味だ。

 全く、分からない。


「とにかく、設楽華! アンタが女王様気取りできるのも今のうちだけなんだからねっ」

「いつ華が女王様気取りなんかしたいうんや」

「するのよ!」


 叫ぶように言う女の子。


「あたしはヒロインなんだから、知ってるの」


(ヒロイン……!?)


 私はまじまじと女の子を見つめた。


(……違う。私の知ってるゲームのヒロインとは)


 髪の色も、目鼻立も、何もかも違う。

 それに、さっきの発言。

 まるで、複数の"ゲーム"が存在するかのような……


(どういうこと!?)


「ねぇ、あの、あなた」


 記憶があるの、と言おうとした声は「ルナー!?」という女の人の声にかき消された。


「あ、ママ」


 女の子はさっきまでの憎々しい表情が嘘みたいに、可愛らしく変化した。


「もう、どこいってたの。迷子になるわよ」

「ふふ、ごめんなさい」

「パパ待ってるわよ、急いで」

「はぁい」


 2人は背を向けて、反対側へ向かっていこうとする。


「オイ、待てや、華に謝らんかい」


 アキラくんは追いかけようとするが、私は彼の腕を掴んで止めた。


(あまり、関わらない方がいい、気がしてる)


 混乱して考えはまとまらないけど、もし「あの女の子のゲーム」と、「設楽華が悪役令嬢」のゲームが別のものならば、もう関わりもない、だろうし。


(ない、よね?)


 明らかに「設楽華」に悪意がある人間と、積極的に関わるのは恐らく悪手なんじゃないだろうか。

 うん、と頷き「私は大丈夫だから」と微笑む。

 アキラくんは「……なんやったんや?」と悔しそうな顔をした。


「嵐みたいだったねぇ……」

「まぁ学年に1人はおるよな、ああいうトリッキーなやつ」

「あは……」


 いるかな?


「せやけど、なんで俺と華の名前を知ってたんや?」

「ね、それ不思議」

「もしかして、俺のファンいうか、そういう奴かもしれん。俺、他校にもファンおって」

「え、そうなの」


 どんだけだ。さすが、自分で「俺はモテる(意訳)」発言するだけはある……。


「ほんで、華のことは……なんでやろ?」

「もしかしたら、記憶なくす前にどっかで関わりあったのかな」


 適当に理由をつけてみた。


「あー、そうかもしれんな」


 アキラくんは、眉をひそめたままに、すんなりと納得してくれた。


「ね」

「もし、またアイツ変なイチャモンつけてきたら、絶対俺に言うんやで」

「うん、ありがと」


 答えながら、ふと考えた。


(少なくとも、この世界は2つの乙女ゲームの世界が混じり合ってる可能性がある、ということ?)


 これは一体、どういうことなのだろう?


 私は明るい日差しが差し込む病院の廊下に立ったまま、小さく唇を噛みしめるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ