悪役令嬢は羊羹を持っていく
「超~~恥ずかしいことしちゃってごめんねっ」
私はアキラくんの家の玄関先で、老舗和菓子店の羊羹を差し出しつつぺこりと頭を下げた。
あの後、ぐっすり寝てしまったらしい私は、気がついたら保健室のベッドの中にいた。
(い、一体なにが……どうなったやら)
良くわからなかったけど、起きたらいた保健室の先生も「あら顔色良くなったわね」と微笑むだけで特に変わった様子はない。
「あの?」
きょろり、とあたりを見回す。窓の外はまだ明るい。
「30分くらい寝てたかなぁ」
「あ、そんくらいですか……」
なんだか熟睡したような気持ちになっていたから、てっきり何時間も経っていたのかと。
「ざっとしか聞いてないのだけど、どうしたの?」
「ええと、……なんか急に体調が」
「熱はないみたいだけれど、無理は禁物よー」
優しく微笑む、保健の先生。
(余計なこと言っちゃう前に帰ろう……)
まだちょっと、混乱していた。ベッドの横には図書室にあったはずの、私の荷物一式。
(アキラくんが持ってきてくれたのかなぁ……)
すっかり迷惑をかけている。
「お、もう大丈夫なん?」
がらり、と保健室の扉がひらいた。アキラくんと、その後ろに心配気なひよりちゃん。
「なんか体調悪いって聞いて!」
手には楽譜を抱えたままだ。もしかしなくても、レッスン抜けて来てくれたのか……!
「ひ、ひよりちゃん、ごめんねレッスンは!?」
「いいの、今日は講師の先生も忙しかったみたいだから……風邪?」
「ううん、ええと、寝不足だったのかな?」
寝たから元気だよ、と笑うと、ひよりちゃんは安心したように微笑み返してくれた。
アキラくんは「ほな俺いまからミーティングやから」と片手を上げて、いつも通りの口調で笑う。
「え、あ、うん! ありがとう」
「えーねんえーねん」
ほんとに、いつも通り……。あんな風に抱きついちゃったとは、……ていうか、抱きしめられちゃったとは、とても思えない。
(ま、まさか夢……!? いや、それにしてはリアルだった……っていうか!)
私は発見してしまった。
アキラくんのシャツが、ちょうど私が握った記憶があるところ、そこがシワになっているのを。
(あーーーどうしよ、現実)
私は一人で赤くなったり青くなったりした後、ふと自分が「ちゃんと」落ち着いているのを自覚した。
(……持つべきものは友達、だなぁ)
アキラくんも、ひよりちゃんも。
もちろん、考えなくてはいけないことが出てきたのは事実だ。
だけど、今の心境はかなり楽になっている。
そして翌日、土曜日の午後。羊羹とともに山ノ内家を訪ねたのだ。
午前中には、ひよりちゃんにお礼をしに行ってきました。昨日のカフェめぐりもキャンセルになっちゃったし、そのお詫びをかねて……だったんだけど、やっぱりものすごく心配されてしまった。
そしてそのまま、電車で横浜市内まで。
最寄駅だけ知ってたから、とりあえずそこまで向かう。改札のむこうに、アキラくんは迎えにきてくれていた。
「急に電話あるから驚いたで」
「土曜の練習は隔週で半日だって聞いてたから……ごめんね急に」
アキラくんの部活。青百合のバスケ部は県内でも強豪だ。というか、全国クラスらしいんだけれど。
(せっかくのお休みに申し訳ないかな)
とも思ったんだけど、早くお礼が言いたかったのです。
「ちゃうねん、嬉しかってん」
アキラくんは、本当に嬉しそうに言ってくれた。
「ガッコー以外で、華に会うんて初やない?」
「あ、ほんとだ」
ルナ騒動の時の塾と、入院してた病院を除けば、たしかにそうなのかもだった。
「ゆっくりしてってや」
「いやいや、お邪魔だろうし」
「いやほんまにほんまに」
そんな会話をしつつ、アキラくんに着いて歩く。駅直結の連絡通路みたいなところをずうっと歩く。
「? 家、こっち?」
「つうかここ」
アキラくんは、突き当たりにあったガラス扉横の数字が並んだインターフォン、その鍵穴に、鍵を入れた。
「え、駅直結!?」
ガラス扉の先はお高そうなタワーマンション!
この子、一般家庭組だったんじゃ!
「ちゃうねん、ここ親戚の家やねん。格安で借りとんの」
「はー」
それにしたってお高そうな……。
キョロキョロしながらアキラくんに続いてエレベーターに乗り込んだ。アキラくんちは30階らしい。
「天気良かったら富士山見えんで」
「へー!」
それはちょっと見てみたいかも。
そして辿り着いたアキラくんの玄関先で、私は恭しく羊羹を差し出したのでした。
「あかんあかん、やめてや華!」
アキラくんは「顔上げてーや!」と言いながら、スリッパをすすめてくれた。
(気の利く中二男子……)
「おじゃましまーす!」と告げて家に入る。
「あきら、おともだ……あら!? あれ? 華ちゃん!」
久しぶりやね、とアキラくんのお母さんは笑ってくれた。ていうか、良く覚えててくれたなぁ。アキラくんの退院の時に、一度会ったっきりだったのに。
「ご無沙汰してます! すみません、お邪魔します」
お母さんにぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、いらっしゃい」
「これもろてん」
「えっこんなお高い羊羹」
びっくりしているアキラくんのお母さんに、ざっくりと事情を告げる。体調を悪くして保健室に連れて行ってくれたこと、介抱をしてくれたこと。
「つまらないものですが、お礼に」
「あらあらあら、ええの? とりあえずお持たせで悪いけど、これいただきましょ。お茶淹れるな」
「ありがとうございます」
「先部屋行っといてー、廊下まっすぐ二つ目」
「あ、うん、ありがとう」
(急に来たのに部屋上げてくれるんだ)
なぜかその事実に感動しつつ、小声で「失礼しまぁす」と誰ともなく告げながらドアを開けた。
「……男子の部屋だ」
いい感じに雑然としている。というか、まぁ、散らかっていた。