悪役令嬢、語り合う
(ひ、ひよりちゃんが!?)
私は大混乱して、再びベンチから立ち上がる。
「うん、大友ひよりちゃん」
頷く、千晶ちゃん。
「あ、ああ悪役令嬢!?」
「まぁ正確には、ひよりちゃん、ご令嬢ではなさそうなんだけど……まぁ、ヒロインに嫌がらせする役、という意味では、そう」
ちなみにそのヒロインって松影ルナだよ、と言い添えられた。
「えっちょっと待って、混乱してる」
「無理しないで」
心配気に眉を寄せる、千晶ちゃん。
(う、嘘でしょ、ひよりちゃんまでもが!?)
「え、えと、じゃあ、ひよりちゃんも記憶あったり、するのかな」
「ううん、ちょっと探ってみたけど、そんな感じはなさそう……ねぇ、設楽さん、設楽さんはいつ前世の記憶、取り戻したの?」
「取り戻した、っていうか」
私はうーん、と考え込む。
「1年くらい前に事故にあったみたいなの。それで、病院で目が覚めたら、まるっと華の記憶は消えて、今の私になってたの」
「え、あ、そうなんだ……事故ね。やっぱり」
千晶ちゃんは少し悲しそうに言った。
「多分、なんらかの、凄く痛い……もしくは、辛い経験をした時に、前世の記憶が戻ってるんだと思う」
「え、でも」
私は首を傾げた。
ひよりちゃんが、前世の記憶など無しであの性格ならば、自分から松影ルナに嫌がらせなど、するはずがないからだ。
「ひよりちゃん、誰かをいじめたり、嫌がらせするような子じゃないよ」
どちらかというと、そういうのから誰かを守るタイプだ。
「えっとね、ひよりちゃんが"そう"なっちゃうのは、理由があって。中学で、いじめられるの」
「えっ」
「それも、いじめられてた友達を庇ったら、ターゲットが自分になっちゃった、ってやつ。その上、その友達にまでいじめられるようになるのね。それで、性格変わっちゃって」
「……酷い」
「いじめの首謀者は、中学からの"学園入学組"だったと思う。青百合組ほど家柄は良くなくて、でも一般家庭組でもない……」
私は数人の顔を思い浮かべる……っていうか、ごめん、竜胆寺さんグループしか思い浮かばないよ!
(根はいい子たちっぽいんだけど……)
なんやかんやで、仲良くしてるつもり。やたらと「さすが設楽様」と言ってくるのは面倒くさいんだけれど!
「心当たり、ある?」
「あるっちゃあります」
私は答えた。答えたけれど、……えー? 竜胆寺さんー?
(裏表ある感じじゃないのに)
イヤミとかは言ってくるけど、そんな陰湿なことができる感じの子じゃない。良くも悪くも、ある意味「育ちがいい」んだ。
「あ、そういえば」
むー、って顔で黙り込む私を不思議そうにしながら、千晶ちゃんは続けた。
「ひよりちゃんが悪役令嬢するゲームは"ブルームーンにソナタを"っていうの」
「あ、全部ブルーが付くのね」
ひよりちゃんのは、ブルームーン。
私のは、ブルーローズ。
千晶ちゃんのは、サムシングブルー。
「そう。青の三部作、とか言われてたよ」
「なるほどね」
私は混乱した頭を落ち着けるように、ぐるりと頭を回した。
「いじめ、かぁ……」
ゲームの中、の話とはいえ、今実際に身の回りにいる友達の「これから」がもしかしたら、本当にもしかしたらだけど、そうなるのかも、と思うとゾッとした。
「これは、あくまでゲームの話。だから」
千晶ちゃんは、私をじっと見つめた。
「わたし、ひよりちゃんに幸せになってもらいたい」
そう、意を決したように言う。
「あの子、本当にいい子だもん。そんな辛い思い、させたくない」
「うん」
私も、しっかりと千晶ちゃんを見返す。
「私も、そう思う」
「良かった」
安心したように、千晶ちゃんは言った。
「わたしね、本当は……つまり、ゲームの中では、って話なんだけれど。ゲームの通りならば幼稚園から青百合に通ってたはず、なの」
「うん」
「でもね、幼稚園の入試に受からなくて」
「待って幼稚園に入試があるの!?」
「もちろん。でも、簡単なものよ。……だけど、わたしにはできなかったの」
悲しそうに、千晶ちゃんはじっと自分の手を見た。
「わたし、……ひとりで、なら。ひとり、自宅で、なら尖った鉛筆も持てるの。お箸も。包丁も。でも、同じ室内にだれかいるだけで、使えなくなる」
「……あ」
私は思い出した。そうだ、千晶ちゃんは精神的なトラブルを抱えていたんだった。
「これは、ほんとうに小さい頃から"そう"で。だから、わたし、試験での色鉛筆を使った問題も、お箸を使った食事すらも、できなかったの」
「そうだったんだ……」
「ずいぶん良くはなって来てるんだけどね」
千晶ちゃんは密やかに笑った。
「だから、……わたし、ひよりちゃんを近くで守れない。できるだけの事はするつもり。だけど、その。設楽さんに、……勝手なお願いなのは分かってるんだけど」
「いいよ」
私は間髪入れずに頷いた。
「近くで、私、ひよりちゃんを守る」
「……いいの?」
千晶ちゃんは、ぱっと顔を上げた。
「うん」
私は、笑ってみせる。
「私も、ひよりちゃん、守りたい」
「あ、ありがとう」
千晶ちゃんはホッとしたように笑った。
「1人だと、何ができるか、不安で」
「がんばろうね」
千晶ちゃんと、うなずきあう。
(きっと、これもまた、"運命"とやらに逆らう道)
私の脳裏に、あの日の松影ルナが過ぎる。
(負けないっ)
松影ルナに。運命に。
(私は、私の大事な人たちを、守り切ってみせる)