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悪役令嬢は首をひねる

 その後すぐに、さっきルナの背を押していたスーツの女性がルナを迎えに来た。


「松影さん? ご両親も到着されたわよ」

「……っ、はい」


 ルナはもう一度私を睨み付けると、スルリとお手洗いを出て行った。


「ふ、わぁあ」


 どっと気が抜けて、なんなら変な声が出た。少し足がガクガクする……。

 少しおぼつかない足取りでお手洗いを出ると、アキラくんに腕を掴まれた。


「華!」

「あ、アキラくん」

「いま、あの女もトイレから出てきたけど、なんかされたんか!?」

「あ、ええと、別に。ただ、言い争いみたいには、なったけど」

「呼んでや!」

「呼べって」


 私は瞬きしながら、アキラくんを見つめた。


「女子トイレだよ」

「関係あらへん」


 アキラくんは強い瞳で、私を見た。


「頼って欲しいんやって、俺。なんでか、華には」


 その強い視線に気圧されるように「う、うん」と頷いた。ほんと友達想いな子だよなぁ。


「よっしゃ、約束やで」


 アキラくんはニヤリと笑うと、私から手を離した。


「つうかこのカッコやでヨユーで入れるわ」

「あは」


 改めてアキラくんの服装を見る。ほんと、美少女にしか見えないから美形は恐ろしい。


「ひよりちゃんは?」

「なんや事務の人に書類もろうてたわ」


 もう辞めるから、その関係だろうか。


「あ、華ちゃん、山ノ内くん」


 そのタイミングで、ひよりちゃんは事務室から出てきた。手にはA4サイズの封筒。


「おまたせ」


 にこり、と笑ったひよりちゃんは、心なしか雰囲気が柔らかくて、私はちょっと安心する。


「ほな、帰ろか」

「うん。…….あの、2人とも。どうやって帰るの?」

「わたしはいつもバスだよ」


 というひよりちゃん。


「俺はモノレールで、その次電車」

「あれ、家どこなの山ノ内くん」


 答えたアキラくんに、ひよりちゃんが尋ねる。


「俺? 横浜やねん」

「じゃあ遠回りじゃない?」

「や、電車、定期あるから」


(アキラくん遠いなぁ)


 私はふたりに「……車、乗る?」と提案してみた。


「ひよりちゃんは家まで、アキラくんは学校近くの駅まででいいなら」


 そこからならモノレール代かからないし、ヘタに車より快速のほうが速い。


「あのばーちゃん来てんの?」

「ううん、まぁ違って、えーと」


 ハイヤー来てます、ってなんか、どうなんだろう。過保護にされてるとか思われないかな……。


(でも、2人をバスで帰して、私だけハイヤーってのもね?)


 そう思いながら、エントランスのガラス扉から外をのぞくと、そのタイミングでさっきの黒塗りのハイヤーがすうっと目の前に停車した。


(おおっ、すごい)


 ずっとエントランスを見てたのだろうか?

 島津さんは、自然な動きで運転手席から降り、後部座席のドアを開けた。


「お待ちしておりました、華様。お早かったですね」

「えーと、授業自体はなかったので、そうですね」


 チラリと時計に目をやると、まだ1時間くらいしか経っていなかった。


「2人も一緒です」

「かしこまりました」


 ドアをサッとあけてくれる、島津さん。


「あの、2人とも……乗ってね?」


乗り込みながらそう言うと、ひよりちゃんとアキラくんは顔を見合わせた。


「こ、これ華ちゃんちの車!?」


 さっすかお嬢様、と感心されてしまった。


「え、ううん、違う違う、ハイヤー」


 私はブンブンと首を振る。


「ハイヤーって初めて乗る」

「俺もや」

「あ、山ノ内くんも一般家庭組だもんね」


 頷きあう2人。

 ひよりちゃんは音楽特待、アキラくんはスポーツ特待。


(すごいよなぁ〜)


 才能もあるけれど、努力の量がハンパないんだろうなぁ。

 島津さんは明らかに「男の子の声」のアキラくんに動じることなく、ニコニコとしていた。さすがプロです。やがて、車は音もなく走り出す。

 ひよりちゃんの家と、アキラくんの駅を聞いて、島津さんは頷いた。


「ではまず、大友様から」

「はい」


 すいすいと車は走って、やがてひよりちゃんのお家へ。


「今日は本当にありがとう」

「ううん、私、なにも」


 してないよ、ごめん、と続けようとした言葉に、ひよりちゃんは被せるように言った。


「あのね。華ちゃんが居てくれるだけで、心強かったんだよ」


 私は目を瞬いた。


「華ちゃんが、わたしの代わりに、たくさん怒ってくれて。すごく救われたんだ」


 ひよりちゃんは、太陽のように笑った。


「ありがとう」

「う、うん」


 私はただ目を見開いたまま、返事をすることしかできなかった。

 車が再び走り出して、すぐ。


「華、泣いてんの」


 アキラくんは、私を見ながら言う。でも決して不躾な感じじゃなくて、自然に見てる感じの視線。


「ふ、うう、ぐすっ」

「なんで?」

「だ、だって、わっ私、何もできてなくて、なのに、あんなに」

「なんや」


 アキラくんは笑った。


「ええやん、ひよりサンは感謝してはんねん」

「ん、で、でも」

「俺にはでけへんことやったし」


 そう言って、頭をぽんぽん、と撫でてくれた。


「救われたりすんねんな。そういうヒトがいてくれるってだけで。なにをするってわけでもないねんけど、自分のために怒ったり泣いたりしてくれるヒト」

「……そうかな」


 顔を上げると、アキラくんは「お、泣き虫さんや」と笑った。


「う、し、仕方ないじゃん」


 鼻をすする。うう。


「せやな、仕方ないな、仕方な……」


 アキラくんは、ハンカチで鼻水を拭く私を何度か瞬きをして見た後、少し照れたように頭をかいて「あ、なーんや」と呟いた。


「え、なに!?」

「なんでもなーい」

「私、関係ある?」

「あるよ」


 ちょっと強い語尾。


「えっ!? なに!? なんかした!?」

「してへん。……いや、した。ゴツいやつを」

「えっなに、ごめん?」

「謝られるようなことやないねん。むしろお礼を言いたいくらいやな」


 アキラくんは、すっきりした顔で笑った。


「ここしばらく、なぁんか良くわからへんモヤモヤがあってやなー。理由が分かったんや。いい感じや」

「私はわかんなくなってる」

「あえて言うなら」


 アキラくんはつん、と私のおでこをつついた。


「まぁ、華って可愛いよなって話」

「ちょっと、この状態の顔を見て言う?」


 さすがに自分の顔が酷いことになっていることくらい、わかる。涙と鼻水。


「ほんまやな、ひどい顔やな」

「もうう」


 からかうように笑う、アキラくん。


「つうか、可愛いて外見の話ちゃうで。中身やで中身」

「中身?」

「ま、そのうちやな……泣き止んだな」

「あ」


 アキラくんに誤魔化されたように、涙は引っ込んでいた。

 アキラくんはニカリと笑うと「じゃあまた学校でな」と言って、車を降りた。いつのまにか、駅前に着いていたらしい。


 走り出した車内で、私が左右に首を傾げていると、島津さんは「甘酸っぱいですねぇ」と、ひとり笑っていた。

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