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悪役令嬢、ヒロイン(?)と対峙する

 詰めが。

 いつも、詰めが甘いのだ、私は。


(変装解くのなんか、なんか後で良かったのに)


 メガネもマスクも煩わしくて、ついもう必要ない、と判断して早々に外してしまっていた。


「アンタだったのね、設楽華。全部……アンタが裏で糸を引いていたのね」


 その、大きな目が溶けてしまいそうなほどの憎しみでいっぱいの瞳で、睨みつけられる。


「許さないわ。許さない。絶対に、あたしの世界から追い出してみせる」


(い、糸なんかひいてませんんんん)


 私は固まったまま、口を真一文字に結んで、ルナを見つめるしかできなかった。


 事の起こりは、皆で帰ろうとしてエントランスまで来た時のこと。


「ちょっと、トイレ行ってくるね」


 廊下の端に見えたお手洗いへ、何気なく入る。

 そこで、いきなり松影ルナと遭遇したのだ。


(え、えええええええええっ)


 私は突然のことにフリーズしてしまった。


(な、なんでここに!?)


 松影ルナは、しばし呆然とした後、納得したようにそう言ったのだ。「アンタが裏で糸を引いていたのね」と。


「アンタも前世の記憶持ちなのね? そうじゃなきゃ辻褄が合わない……」

「確かにその通りだけど……」


 私はぎゅっと拳を握って、口を開く。


「でも私は、あなたがヒロインだから邪魔をしたわけじゃない! あなたのやってることが間違ってると、そう思ったからここに来たの」


(というか、私何の役にも立ってないんだけどね)


 心の中で、ちょっと自虐。


「うるさいわね! あたしは幸せになりたいだけなの。みんなに愛されたいだけなの。ゲームにだってあるエンディングなんだから、それを願ってなにが悪いの!?」


 ルナは一気にそういうと、再び強く、私を睨みつけた。


(みんなに愛されたい……っていうのは、逆ハーレムエンディングのこと?)


 あれは、相当な難易度なんじゃ。

 「ルナ」が出てくるゲームは未プレイだけれど……でも、少なくとも「私」が悪役令嬢のゲームでは、逆ハーエンドはクリアできなかった。難易度は同程度なはず!


(それを、この世界で?)


「……この世界は、この世界で"現実"だよ! ゲームみたいに、行くはずがない」

「あっは、バカね設楽華! ここが現実? そんなこととっくの昔に分かってるわよ」


 ルナは口元に手を当て、クスクスと笑った。


「だから、試行錯誤するんでしょ。実験するんでしょ。アタシの存在が、いいえ、"運命"と言い換えてもいいわ、それが、どんな風に周りに作用していくのか、本番までに試しておかなきゃ」


「運命……?」

「そ、運命」


ルナは軽く頷いた。


「アタシは皆に愛される、っていう運命。……、アンタは皆に嫌われる、っていう運命」

「……っ」


 思わず言葉を失う。

 それは確かに、少なくともゲームにおいては、設楽華にもたらされた運命、そのものだったから。


(というか、さっき、この子……試すって言った?)


 私は唇をかんだ。


(本番までに、試す……つまり、これは"ゲームのシナリオが開始"してから、確実に逆ハー展開にするための、練習だったってこと……?)


 そのせいで、ひよりちゃんは一晩泣いて。辛い思いを、たくさんして。

 ひよりちゃんだけじゃない、あのクラスに通っていた女の子たち、皆を傷つけて、苦しめて、なのに、それなのに! ルナは悪びれた様子もない。


「……確かに、そうなのかもしれない。でも、けど、松影さん! これだけは言わせてもらうわ。やっぱり、あなたは間違ってる」

「……は?」

「人の心を弄んで、皆の仲をぐちゃぐちゃにして! 絶対に間違ってる」


 ルナは、一瞬キョトンとした後、笑い出した。


「あは、なにを言うかと思えば、あはは! 間違ってるのは、アンタでしょ、設楽華。アンタは悪役、あたしはこの世界のヒロインの1人。正義はあたしにあるの。どうしたって、運命はそう決まっているの」


 ルナは笑った。

 美しく、笑った。

 自分が間違っていない、と確信している瞳で、正義感に裏打ちされた、堂々とした態度で。


「正義はアタシにある」


 それは、あまりに当たり前のことのように、明白なことであるかのように。


(……狂信的なほどに、この子は自らの正義を信じている)


 自分は正しい。

 自分が正しい。

 だから、周りの言葉なんか、聞く必要がない。


(だって、ルナは……自分がこの世界で一番正しく、唯一正しく、絶対正しいと、確信しているのだから)


 自分に相対する者の意見など、彼女にとっては単なる雑音に過ぎないーー、いや、雑音ですらない。おそらく、聞こえてすら、いないのだ。


(……、怖い)


 同じ言語を話しているはずなのに、言葉が通じない。

 私は言葉を失った。

 追い立てるように、ルナは言う。


「でも分かったわ、アンタが邪魔。アンタは邪魔。ならアンタを追い出すだけ、あたしの、この世界から」


 ルナは笑った。凄惨な笑みだった。


「待ってなさい、設楽華。アンタの破滅を。アンタのこれからがメチャクチャになるのを」


 よりいっそう、その笑みは深くなる。

 目は三日月のように、口もまた弧を描いて。

 それに比例して、ルナの美しさは増していく。

 ぞくり、と背中に悪寒が走った。


「それが、アンタの運命よ」


(そうなのかな)


 私は俯いて、再び、手を強く、強く握る。


(運命は、決められているのかな……だとしても)


 私は、キッと前を向いて、ルナを睨み返した。


(負けてたまるか)


 そう、強く想う。


(例え、運命として……世界中の皆に嫌われても。蔑まれても。この女にだけは負けたくない)


「あなたの想う通りにはさせない。あなたの言う"正義"には、傷つく人が多すぎる!」

「あは、傷つくぅ? あたしは代わりに断罪してあげてるだけ。あたしに刃向かう人間は、つまり"悪役"なんだもん! 悪者を成敗して、何が悪いの?」


 ルナの、大きな黒い瞳が狂信的に輝く。

 ひどく硬質的で、もはや、誰の言葉も届きそうになかった。

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