ヒロイン(?)は実験中
視界が全くないせいで、一体何が起きているのか、私には皆目見当が付かない……というか、付けたくないです。
まずは、アキラくんが立ち上がったみたいだった。
「先生、すみません」
「……風邪か?」
完全にではないけれど、声変わりしかかった声を誤魔化してる、掠れた妙に高い声。
「そおなんですわ〜〜おほほ」
アキラくん、なんかキャラ設定メチャクチャだ!
「あたし目が悪くて前の席じゃないと……」
「あ? そうなのか。前の席は埋まってるな、誰か、そうだなオオタ、代わってやれ」
「えー」
しぶしぶ、という感じで椅子を引く音がする。
足音が少しして、それから2人が椅子に座る音がした。
そして、惨劇はこの一言で始まる。
アキラくんによる、開幕の宣言だ。
(なんだっけ……イッツアショータイムって言ってたっけ)
とんでもないショーだ。阿鼻叫喚でしょそんなのっ!
「あ、(以下伏せ字四文字)」
(あああああ始まってしまったぁっ)
「えっ嘘っヤダっ!」
ルナの声がした。ガタガタと何かにぶつかる音。
「うわわわわわ俺も苦手無理無理」
「先生、どうにかしてよっ」
「しょ、職員室にスプレーがっ」
「その間に逃げたらどうするのっ、殺してっ、どっかやってっ」
ひどく甲高く、早口のルナの声。
それから、またガタガタという音。
「む、無理だよ!」
さっきまで威勢の良かった男子の、怯えきった声。
予想通りの阿鼻叫喚。
(昨今の若者は貧弱だのう……)
自分を棚に上げてぽつりと思った。……私の方、来てないよね?
その内に、また、アキラくんの声がした。
「あらこれオモチャ」
(お、オモチャ!?)
あの、よく雑貨屋にビンに大量に詰められて1匹何十円で売ってる、あのゴム製の虫型玩具?
いやなんていう名称かは、良く知らないのだけど。ぱちりと目を開ける。
(うわぁ、ていうか、あれっ)
見ると、それぞれにアレから逃げようとした状態で止まっていた。
(これが目的だったんだ)
私はルナをじっと見つめる。
片足を捻挫して、まともに歩けないはずのルナが、教室の隅で1人で立っているのを。
(一目散に逃げ出したんだ、きっと)
多分、アキラくんはルナの机のすぐ下に、例の虫型玩具を投げ込んだか何かしたんだと思う。
(足元にアレ居たら、逃げるわ)
そりゃ逃げるわ。全力ダッシュするよ、本気で。
(でも、痛かったら。逃げられないはずだけどね?)
「タチの悪いイタズラですわねオホホ」
あくまでとぼける、アキラくん。
まず態勢を立て直したのは、久保だった。
「お、お前だろう。やっぱり、大友と組んで、松影に嫌がらせを」
「ちーがいますって」
アキラくんはニッコリと笑った。
「仮に俺……あたくしだとしても、遭ってもない被害に遭ったってウソ付いて、クソみたいな噂流すようなやつより、随分マシだと思いませんか? ……なぁ、お姫様、どないやねん」
アキラくんは視線を呆然としているルナに向けた。声も途中から地声に戻っている。
「その足の怪我。支えられへんと歩けへんような捻挫で、よくもまぁ、1人でそこまで逃げられたもんやなぁ?」
皆、ハッとしてルナを見つめた。
「……必死だったから」
ルナはその両目に涙をいっぱいに溜めて、そう呟いた。
「痛かったけど、頑張って逃げたんだよ? なのに、なのに、ひどいよ」
「ほーん? 痛がってる様子には見えへんかったけどなぁ」
「お前、ケガしてるルナちゃんに何してくれたんだ」
「悪化したらどうすんだよ」
威勢良く、噛みつき出す取り巻きたち。
しかし、中には目をキョロキョロとさせ、周りの様子を伺うようにしている人も、何人かいる。
(ハッキリ見ちゃったんだろうなー、走って逃げるルナちゃん)
さすがにそれを見て、今までのように100パーセントの信頼でルナを見ることはできない、と言ったところだろうと思う。
その様子を見て、満足そうにアキラくんは言った。
「これでハッキリしたんちゃうん? 裏切りモンも出始めてんで、お姫様」
そう言いながら、アキラくんはマスクを取った。
(……イケメンってお得ねぇ)
思わずそう思う。
まだ成長過程の中学一年生だから、どこか中性的なとこもあるのかもだけれど……素顔を晒しているのに、ウィッグもワンピースも妙に似合っていた。
その顔を見て、ルナは目をほんの少し、見開いた。それから、マジマジとアキラくんを見つめて首をかしげる。
「な、う、裏切ってなんか」
びくり、と肩を震わせる何人かの生徒。
「心配せえへんでええって、な? 他のやつもアレ見りゃお前らと同じ考えになると思うしな。思考回路がマトモなんやったらの話やけど」
ふ、と視線をひよりちゃんに向けた。
「撮れた? ひよりサン」
「う、うん」
ひよりちゃんはスマホを握りしめるようにして、何度も頷く。
「見たいヤツおるぅ?」
ぐるり、と教室を見回すアキラくん。
「お姫様の全力疾走。いやはやオリンピック狙えるんちゃうん? ええなぁ足早くて」
満面の笑みのアキラくんと、視線を逸らす、取り巻きたち。
証拠がある、と分かって急に不安になってきたのだろう。
その様子をチラリと見たルナは、ふっと表情を消した。そして不思議そうに言う。
「アキラくん、なんでアナタが大友ひよりの味方をしているの?」
「友達やからや」
ばしり、と言い切る。
「ん、ふうん、友達。友達、ね」
ルナはくるりと首を回す。
「なんで友達? 設楽華とも幼馴染設定みたいのがあったし、想定外だけど、あるっちゃある展開、なのかな……」
「何をブツブツ言うとんねん」
「こっちの話、気にしないで……んー、まー、そこそこ上手くいったし、いっか。実験」
「実験?」
アキラくんが聞き返す。
「そ。まぁ話聞いても、"別のゲーム"のアキラくんには関係ない話だから、分かんないと思うわよ」
「ゲームでもなんでもええねんけどさあ」
アキラくんは少しイライラして口調を早めた。
「そろそろ撤回したらどうや、俺の友達に対して流した、クソみたいな嘘の噂話、とっ」
びしり、とルナを指差す。
「きっちり謝ってもらうでー!? あん時、華を押したことっ」
「嫌よ」
ルナは薄く笑った。
「たしかに、そのスマホにはアタシがケガをしていないかのように動く姿が映っているかもしれないわ。でもね、それはアタシが怪我をしてない証拠でも、アタシが大友ひよりに階段から突き落とされてない、という証拠でもないわ。そうでしょ?」
「御託は以上でーすーかー」
アキラくんはむ、と眉を寄せた。
「アンタがピンピンしとる以上やな、怪我もしてへんし、階段から突き落とされてへん。せやろ?」
「ああもう、だからバカとは話したくないのよ、だからね、」
ルナが少し語調を荒げた時だった。
教室の扉がガラリと開き、すっかり聞き慣れた声がこう、告げた。
「証拠ならあるぞ、松影ルナ」
堂々と胸を張り、スーツの大人、男女数人を従え立っているのは。
私は思わず立ち上がる。
「……樹くん?」
我が許婚殿、であった。