悪役令嬢、ヒロイン(?)と再会する
敦子さんが呼んでくれたハイヤーの、革張りの後部座席にちんまりと収まって(いやだって、この車、普通のタクシーと違うんだもん……)私はこれからのことを考えていた。
(ひよりちゃんの変な噂の払拭はもちろん、なんとかして、元カレ君にも謝らせたい)
口だけじゃダメだ。ちゃんと反省して謝ってもらわなきゃ……!
(多分、私いま、ひよりちゃんと"前世"の自分、重ねちゃってる)
それはいいことなのか悪いことなのか、イマイチ判別はつかないけれど……ハッキリしてるのは、もう、ひよりちゃんのあんな泣き顔は見たくないってこと!
(でもなぁ、……どうしたらいいんだろう?)
考えがまとまらない内に、件の塾へ到着する。そこそこ大きい駅前の、三階建ての白いビル。
私はメガネとマスクを装着した。
(あ、あ、メガネくもる)
鼻まで覆うとメガネが曇ってしまう。しょうがないので、鼻は出しておくことにした。
(大丈夫だとおもうけど)
入り口前で止めてもらうと、運転手さん(島津さんというらしい。名刺をくれた)は「こちらの駐車場でお帰りをお待ちしております」と笑った。
「え」
「夜まで、こちら常盤様の貸切となっておりますので」
「あ、はぁ、そうでしたか」
私は曖昧に頷いた。
(おセレブだなぁ……)
どうにも根がど庶民な私には、そもそもハイヤーとタクシーの車種以外の違いも、よく分からない。
(ハイヤーってそんなもの、なのかな……?)
とは、思いつつも。
「あの、暇じゃないですか?」
何となく、聞いてしまった。
島津さんは一瞬キョトンとしたあと、破顔して「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
「あの、できるだけ早く戻りますね」
「気になさらなくて大丈夫ですよ、ごゆっくり」
私はお礼を言って車を降りる。
そして入り口の看板を見て、凍りついた。塾の名前の上に書かれた小さな文字を見つけたのだ。
"鹿王院グループ"
(ウッソでしょ、これ樹くんのご両親だかご親戚だかがやってる塾なの!?)
正直、赤の他人の塾がどうなろうと興味は無かったんだけども。これがお友達である樹くんの関係となると……どうなんだ。
(ルナを放っておいていいの? 絶対、この塾めちゃくちゃになるんだけど。経営的にも)
なんせ、ひよりちゃんと同じクラスの女の子は全員辞めてしまうくらい、なのだ。
(ルナ1人で、いくらくらいの損失が出てるんだろう)
元社会人は、お金のことで頭を悩ませながら、ガラス扉を開く。
「華ちゃん?」
「よっす華、おつかれー。つか、そんなもんでええの変装」
「……アキラくん?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
エントランスには、既に2人が集まっていた。ひよりちゃんは、なんとなく肩身が狭そうな顔をしていたけれど、アキラくんが周りの目線から隠すような位置に立ってあげてくれていた。紳士だ! いや、紳士なんだけとも。
(なんという変装っぷり!)
アキラくんの変装っぷりはすごかった。長めのウイッグ被って、マスクとメガネ、極め付けは女性もののワンピース!
「突っ込んでいいか分かんなかったんだよね」
とは、ひよりちゃん。
「あっは、いつ聞かれるんやろ思ってたんやけど」
「私服、そうなのかなぁって」
「ちゃうけどもやな、似合うてるやろ」
「うん」
私も頷いた。美少年だから、声さえ出さなきゃカンペキに女の子だ。背も私と同じくらいだし。
「ところで、なんで二人とも変装?」
「あのね、例の子、もしかしたら知ってるかもしれなくて」
それで変装、とメガネのリムをくいっと上げながら、言いそえる。やっぱり少し大きかった。
「え、そうなの? なんで?」
「ちょっと理由はハッキリしないんだけど、」
と、誤魔化して続けた。
(まさか私が悪役令嬢だから、とは言えない……)
「えーとね、何か、嫌われてるっぽくて。急に背中を押されてコケたことが」
ころんとコケた、病院の冷たい床を思い出す。
「せやねん、マジ意味分からんかったよな」
む、という顔をしてアキラくんは言う。
「あれはほんま、落とし前つけさせなあかん」
「……ちょっと待って、そのために来たの?」
「ひよりサンのガード言うんもホンマやけどな、もしあの女やったら、俺、許されへんってか許してへんから」
せやろ? と私を見るアキラくんに、慌てて手を振る。
「でも、まだ病院で会ったあの子とは確定してないんだし!」
「せやなぁ、……せやから、ま、仮定のハナシや。せやけどもし違うたとしても、ひよりサンあんな風に泣かせといてお咎め無しは許されへんで」
アキラくんはすっと表情を消した。
「ちょーっとな、考えがあんねん」
「考え……? なに?」
「ふっふ。ヒミツや」
……何をする気なんだろう。
そう考えて一瞬ボケっとした次の瞬間に、私の背後、そのガラス扉から、やたらと騒がしい集団が入ってきた。
振り返ると、男子3、女子1名の4人組。
(……あ、っ)
「ウフフ、やだぁ」
やたらと甘い、明らかな媚を含んだような笑い声。
怪我した(と主張している)足を庇うように、少し不自然に歩いている。それを、2人の男子が支えていた。
(……2人も必要?)
思わず脳内でそう突っ込んだ。いらないよね? いらないと思うんだけどなぁ……。
「いやマジそうなんだって、あ、ほら、ルナちゃん! 段差気をつけて、ケガしてるんだから」
「ケガしてるんじゃなくて、させられたんだろ」
「全くそうだよ、お前の元カノだろ」
「よくあんな性格悪いのと付き合ってたよな」
「まぁな、俺もそう思う」
(……間違いない、ルナ御一行様だわ)
それも、やはり"横浜の自称ヒロイン(?)"のルナで間違いない。
(なんでよー!?)
そう思うけれど、……やっぱりひとクラス自分のモノにできるくらいの魅力、ヒロインクラスでないとないのかもしれない……。
その内に、彼らはこちらに気がついたようで、ヒソヒソと何かを喋った。
それから、ひよりちゃんの元カレと思われる男子は、ニヤリと笑って、こう言い放った。
しっかりと、ひよりちゃんの方を見て。
「すっかり騙されてたんだよなー、時間返せって感じ」
ひよりちゃんが、息を飲む音が聞こえた。
アキラくんが血相を変えて、庇うようにひよりちゃんの前に立つ。
男子たちは、その様子を見て、その顔に不審そうな色を浮かべた。
けれど、その中央にいたルナだけは涼しい顔をしていた。じっ、とアキラくんを見つめて、首を傾げる。
ツインテールがサラリと肩から流れて、その所作ひとつとっても、ルナが男子を虜にするのが分かった。
しかし、そんなことは、私にとってもはやどうでも良い話になっちゃってた。
(な、なによあの言い草)
酷すぎる。
私は怒りにぷるぷると震えた。
(こ、このクソやろううう)
前世の私と、ひよりちゃんがオーバーラップして、ほとんど無意識的に、一歩前に足を踏み出そうとする。
「華」
アキラくんが、私の肩を引いた。
「止めないで」
「ちゃうねん華、まだお客サンが足りひんねん。ひよりサンの言い分じゃ、まだ取り巻きはあと何人かおるんやろ」
にやり、とアキラくんは口の端を持ち上げた。
「お楽しみはこれからやで。イッツアショータイム、っちゅー感じやな」