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悪役令嬢、変装する

「つーかな、俺も行くわ」


 昨日ほとんど寝てなかった、っていうひよりちゃんは、ほどなくスヤスヤと眠ってしまった。


(キツかったねぇ)


 私がゆるゆると、ひよりちゃんの頭を撫でていると、ふとアキラくんが口を開いた。


("俺も行く?")


 アキラくんに目線を移す。


「なにに?」

「その塾」


 今日部活ないねん、とアキラくんは言う。


「学年違うのに?」

「そこは誤魔化してやな、……だって俺、その名前、聞き覚えあんねん」

「え」

「俺らが入院してた病院で会った、あの女も同じ名前やったやんな」


 アキラくんの表情は厳しい。


「なーんか、嫌な感じすんねん。せやから」


 にかっ、とアキラくんは笑った。人なつこい笑顔。


「一緒に行ってもええ?」

「……どーかな」


 ひよりちゃんがいい、って言ったらね、と私は眉を下げた。でも、ひよりちゃんも断りづらいんじゃないかなぁ、こんな笑顔向けられたら。


「あとな、華、答えづらかったらええねんけど」

「ん?」

「記憶ないねんな?」

「なんの?」

「入院してる時より前の」

「? うん」

「いや、」


 アキラくんの探るような視線。


「やたらと実感こもってたなぁと、ひよりサンに新しい恋せぇ言うてた時」

「げふんげふん」


 とりあえず咳き込んだ。うう、熱くなりすぎたよ……。


「あー、ええと、一般論?」

「それにしては怨念こもってたで」

「怨念……うーん」


 ヘタに誤魔化すよりいいかな、と私は眉を下げる。


「ええと、微妙に覚えてることもあって」

「うん」

「フタマタとかされてた記憶が、つい大暴れしまして」


 えへへ、と明るく笑ったけれど、アキラくんは笑わなかった。


「あれ?」

「……そいつどこの誰やねん。つうか鹿王院やないやろうな?」

「いやいやいや」


 私は大慌てで否定する。そんな子じゃないよ樹くんは、っていうかそんな関係じゃないし!


「無関係無関係」

「ふーん。ほな誰?」

「えっ」

「あかんやん」


 アキラくんは悲しそうな顔で言う。


「華にそんなカオさせて」


 アキラくんは、私を覗き込む。


「そいつはノーノーと生きとるとか、なんか、許されへん」


 じっと合う瞳。動けない私に、アキラくんはつづけた。


「落とし前つけ行くで」

「へ!?」

「当たり前やん!」


 がたりと立ち上がって、アキラくんは言う。


「華を傷つけるとか、ほんま許されへん」


 私はぽかんとした後、ありがたくてちょっと泣けた。なんて友達思いのいい子なんだろう、アキラくん……。

 その後何が何でも落とし前つける、というアキラくんを説得して、授業に戻った。ひよりちゃんはもう少し寝かせておいたほうがいい。

 昼休みに迎えに行くと、割合スッキリしたカオでひよりちゃんは笑っていた。


「ありがとね、華ちゃん」


 そう言うひよりちゃんに、アキラくんも行くという話をすると有り難がられた。


「ほんとに心強いよー……!」


 私は頷く。そんなに不安だったのか。


(私たちが行くことで、何か変わればいいんだけれど)


 学校から帰宅すると、八重子さんはカップケーキを焼いて待っていてくれた。


(あ、これ美味しいやつ~! クルミ入りの)


 私はついにやけてしまう、にやけてしまうが、今日はこれから大事なミッションがあるのだ。


「八重子さん、私今から塾の見学に行ってくる」

「え? 塾? 敦子知ってるの?」

「ううん、今日決まったから。あと、ハイヤー使っていいですか?」


 夕方以降、私は夜道が歩けないのだ。車なら比較的、平気。


(病院の先生も甘えていいと言っていたし)


 というわけで、敦子さんがいない時の夕方以降のお出かけには、ハイヤーを使うことになっているのです。まぁ滅多にないんだけど。


 ちなみに敦子さんには「運転手雇う?」と聞かれたけど、それは遠慮した。人件費と、車の維持費だけでいくらかかるか……。


「ハイヤーはいいと思うけど、塾のことは敦子に電話しなきゃ」

「お願いします。あと、伊達メガネとマスク、ない?」

「伊達メガネとマスク? なんに使うの」

「変装」


 昼休みに、アキラくんと話して決めたのだ。もし「あの」ルナだったら、私たちの顔を知っているから。


(できれば、ルナに私が"あの"設楽華だとは気付かせたくない)


 特徴的なお姫様カットは切ってしまったので、大丈夫として。


(変装といえば、メガネにマスク!)


 ……とは、安易ですかね。


「……ほんとに塾?」

「ほんとに塾」


 八重子さんは「マスクはあるけど」と口を尖らせた。


「伊達メガネ、ねぇ」

「ないならいいの」

「あ」


 八重子さんはふと思いついたように言った。


「ある?」

「敦子の部屋に、ブルーライトカットするだけの、度が入っていないメガネがあるはずよ。塾の話も合わせて聞いてみたら」


 そうします、と頷いて、私は買ってもらったばかりのお子様ケータイから(スマホは却下された)敦子さんに電話をかけた。

 忙しいかなぁ、とも思ったけど幸い3コール目ででてくれた。

 挨拶もそこそこに、本題を切り出す。


『塾の見学?』

「うん、それでハイヤー使いたい」

『それは構わないわよ、じゃああたしから手配しておくわ』

「ありがとう! あっあと、敦子さんブルーライトカットのメガネ持ってるでしょ。借りていいですか?」

『いいけど。あなたには大きくない? というか何でメガネがいるの』

「変装です」

『ほんとに塾?』

「ほんとに塾」


 電話を切って、敦子さんの部屋へ向かう。


(あんま入ったことないんだよねー)


 少し緊張してしまう。

 部屋はいつも片付いていて、シンプルだ。パソコンの横には、私の振袖の写真(例のお茶会の時のものだ)が飾ってあって、ちょっと嬉しい。


 机の三番目の引き出し、とのことだったのでガラリと開く。


「あ、あったあった」


 メガネケースに収まったそれを、ケースごとお借りする。

 部屋を出ようとして、ふと本棚に画集を見つけた。

 ルノワール。


(あ。これこないだ樹くんがナンチャラ嬢がどうのこうのって言ってた画家じゃないかな)


 何気なく手に取り、開こうとして、ヒラリと何かが落ちた。

 それは、挟まっていたのだろうハガキだった。


「あ、やば」


 すぐに戻そうとして手に取って、私は固まってしまった。


「これ、私……華のお母さんとお父さん? ……と、赤ちゃんの華?」


 年賀状だった。

 表書きはもちろん敦子さん宛て、差出人は「設楽笑」とあった。


(ショウ? エミ? ……たぶん、エミかな)


 少し変わった名前かもしれない。


 裏には写真が印刷してあった。

 幸せそうな男女と、女性に抱っこされた赤ちゃん。

 その側に、手書きでひとこと。"いつか華に会ってもらいたいです"


(あ、やっぱこれ華、なんだ……てか、お父さんそっくりなのね、華って)


 もしかしたら、華のお父さんはハーフ……では無さそうだけど、クォーターとか、かもしれない。華はそうでもないけど、華のお父さんはかなり彫りが深い。印刷が荒いからハッキリは言えないけど、肌もずいぶん白いのではないかと思う。


(華の、この妙に色白なお肌は、そういうことだったのねぇ)


 ハガキをしげしげと眺めて、ふと気づいた。


(……お母さん、敦子さんにそっくりじゃない?)


 敦子さんは、私のおばあちゃんの従姉妹、のはずだ。ということは、華のお母さんからすれば"母親の従姉妹"のはずで……


(そんなに似るものかしら?)


 首をひねる。

 その時、八重子さんが呼ぶ声がした。


「ハイヤー来たわよー?」

「あっ、はぁい!」


 私はハガキを画集にはさんで、本棚に戻した。


(いけないいけない、今から重要なミッションがあるんだった!)

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