悪役令嬢はヒロイン(?)の話を聞く
「は?」
私はずいぶん、ぽかんとした顔をしていたと思う。アキラくんも不思議そうな顔をしてた。
「勘違いちゃうん? そんなことある?」
私とアキラくんは顔を見合わせた。
(全員? ぜんいんー!? どんだけの美少女でもそれはなくない?)
「そう思われても仕方ないけど、ホントなの。でも……変、だよね? それに、男子がいる時といない時じゃ、態度も全然違って」
「あー」
(まぁ、そういう子はあるあるっちゃ、いるいる)
「それに、なんかよく分かんないんだけど……わたしたち、同じクラスの女子たちね、別にその子をいじめたりとか、してないはずなの」
「うん」
私は頷いた。ひよりちゃんは、絶対そんなことしない。
「なのに、気づいたらテキストを破られたとか、カバンにゴミを詰め込まれたとか、カッターで脅されたとか、そういう被害にあったって、女子からやられたって、男子みんなに泣きながら言いつけてて」
「……は!?」
「わたしなんか、その子を階段から突き落としたことになってたんだよ。噂まで立てられて、別の学年の子とかにも、変な目で見られて」
「え、なんで」
「その割には痛そうじゃないの、確かに足に包帯巻いてたし、でもね、良く良く見てると時々ふつうに歩いてるんだよ……」
「演技、ってことだよね」
「うん……で、わたし、彼氏に……あ、元カレか」
ひよりちゃんは悲しそうに笑った。
「……、うん」
「元カレにね、あいつに謝れって、怒鳴られて」
「え」
「し、信じて、もらえなくって」
ひよりちゃんの声が、また潤んできた。
(信じて、もらえなかったのか……)
それは辛い。
普通に別れるより、ずっと辛い。
「それで、本当にやってないんだよ、って、言ったんだけど」
「うん」
「元カレ、その子にこんなこと言われてたらしくて……『ひよりちゃんが悪いんじゃないんだよ、私がきっと怒らせちゃったんだよ』って」
「っはぁ!?」
(なんなの、その女!?)
胸糞悪い。だんだんイライラとしてきた。
「何やねんそれ」
アキラくんは思いっきり眉をしかめていた。
「自分のカノジョより、他の女信じたってことかいな」
「それで、元カレ、お前みたいな可愛い子をイジメるようなヒガミ女より、優しいその子といるほうが、いいって」
「はぁあ!?」
しゃくりあげるように話されたその内容に、私は思わず声を上げた。
「マジで!? マジでそんなこと言ったの!?」
「え、う、うん」
ひよりちゃんは気圧されたように瞬きをした。
「あのね! ひよりちゃん! そんな男とはねっ、別れて正解ッ!」
「せやせや」
アキラくんの加勢を得て、私はさらにヒートアップしてしまう。
「もうね、自分の彼女信じないで、すぐ他の女にフラフラ行くような男はね、こっちから願い下げ! してやりなさいっ」
「そ、そう? でも、願い下げも何も、わたし、フラれちゃってるし」
「あのねっ! ひよりちゃん! それ振られたんじゃないからっ!」
びしり、と指さす。
「え?」
「アホ男の選別ができただけ! あー、ひよりちゃんがアホ男と別れて良かった! ねっ!」
「え、う、うん」
ひよりちゃんは私の勢いに押されて頷いた。涙まで引っ込んだみたいで何よりだ。
「恋よ! 新しい恋をするの!」
「恋? 今そんな気分にはならないかなぁ」
「なるとか、ならないとか、そんなんじゃないの! 失恋に効くのは新しい恋だけなの!」
「なんか、すごい感情こもってるんだけど……」
「感情どころか、怨念がこもってるよ」
思い出される、前世での失恋たち。ほぼ全てが「嘘でしょ私いつからセカンド彼女だったの」という内容なんだけど!
ほんとクソみたいな男たちだったわ!
「お、怨念?」
私はコクリと頷いた。
「怨念」
「お、怨念って……あはは!」
(お、笑った)
私も釣られて微笑んだ。
「じゃあ、わたし、とりあえず可愛くならなきゃね、ステキな彼氏作って、元カレ見返すんだ」
「"もっと"可愛くなるんだよひよりちゃん、ひよりちゃんは既にもう可愛いんだから」
「あは、ありがと! とにかくルナちゃんに負けないくらい、可愛く…」
「え、ごめん、ひよりちゃん、ストップ」
私はひよりちゃんに手の平を向けた。
なんですって?
「ごめん、何ちゃん?」
「えと、その子? ルナちゃんだよ。松影ルナ」
「るな」
(確か……、横浜の病院で会ったあのトリッキーな女の子も、確かルナ、だったよね)
母親らしき女性に、確か、そう呼ばれていた。
(や、偶然、かもしれない。ルナなんて、たまに聞く名前だし)
横浜の"ルナ"の、名字が分からないのが痛い。
(分かれば、確かめられたのに)
でも「ひとクラス分の男子から逆ハー状態に持っていける能力」(?)みたいなのって、ヒロインクラスじゃないと無理なような……。
(だとすれば、やっぱりあの"ルナ"なの?)
一人で考え込んでいると、ひよりちゃんはふう、と軽くため息をついた。
「今日も塾なんだよねー。行きたくないな」
「辞めるとかあかんの?」
「うん、もう辞めるんだけど……親には別の塾行くって言って辞めることになったんだ。心配かけたくなくて、今、こんな状況だって言えてなくて」
「そーか」
アキラくんが少し気づかわしそうに相槌を打つ。
「てか、クラスの女子ほとんど辞めるんだ今月で」
「そ、そうなの?……え、塾の先生、何も言わないの?」
とんでもないクラス崩壊起こしてますけど。
「うん、それが、先生までルナちゃんの味方で」
「え?」
「てか、どの先生も、男の先生はみんなルナちゃんの味方なの」
(えぇー……そんなこと、可能!?)
やっぱり「ヒロイン」なの!?
(だとすれば、一体何が目的?)
「ほんと行きたくないな、……ねぇ華ちゃん、一緒に行かない?」
「え?」
「見学ってことにして。心細いの。もう、女子ほとんど塾、来てない」
(見学……か)
それなら、ルナが横浜の「あのルナ」なのか、確かめられる。
(それもあるけど、何より、ひよりちゃんの不名誉な噂をなんとかしたい)
こんなにいい子なのに。
(たった1日で、どうなるわけでもないけど、とにかくやってみるしかないよね)
私は、こくりと頷いた。