悪役令嬢は失恋話を聞く
「あれ、ひよりちゃんお休み?」
新しい……も何もないんだけど(華としての記憶がないから)学校での日々にもすっかり慣れた、10月の半ば頃。
登校しても、ひよりちゃんが席にいなかった。
(いつもは、朝練があるから私より早いのに)
ピアノのカリキュラム、朝課外だ。ひよりちゃん曰く、「朝からミッチリ」らしいから大変だ。
「ま、まだお見かけしてませんわよ!」
わざわざ言いにきてくれたのは、委員長さんだ。私が「常盤のお嬢様」で「樹くんの許婚」だと知った瞬間から、なんていうか、こんな感じです……。
「あ、ありがとうございます、竜胆寺さん」
「お役に立てたなら幸いですわっ」
鼻息荒く言われてしまった。ううむ、なんだろうこの不健全な関係性は……。
悩んでいるうちにホームルームが済んで、1時間目の地理の途中で、ひよりちゃんは登校してきた。
「ひっ、ひよりちゃん……!?」
クラスが騒然となった。
(目が完全に泣き腫らしてる!)
スポーティー系元気美少女のひよりちゃんのまぶたは、すっかり腫れぼったくなっていた。
「遅刻、しました……」
「大友さん、大丈夫? 保健室行く?」
先生もさすがに戸惑っている。
「あ、私、付いて行きます!」
私は立ち上がりながら手を挙げた。本当は保健委員の仕事かもだけど、でも。
「そうね、設楽さん、お願い。大友さん、無理はしなくていいからね」
「はい……」
私たちは無言で保健室へ向かう。
(ど、どうしたんだろう)
気まずい。
(親とケンカとか、かなぁ)
保健室にたどり着き、養護の先生に許可をもらい、ひよりちゃんをベッドに寝かせた。
今は、保健室には他に誰もいないようだった。
「体温、測る? 熱はなさそうだけど」
養護の先生は気遣わしげな視線で言った。
「……大丈夫です」
かぶりを振るひよりちゃん。ちょうどその時、ガラリと扉が開き、元気な声が次いで聞こえた。
「せんせーすんませーん、体育でこけてもた!」
「あらまた山ノ内くん」
保健の先生の、ちょっと呆れたような声。アキラくんが膝から血を滲ませて、苦笑いして立っていた。
「や、サッカーで盛り上がってしもーて……って、華とひよりサンやん」
言いながら、アキラくんは目を剥いた。ひよりちゃんの余りに痛々しい様子に、だろう。
「……どないしたん?」
軽くひそめられる眉。
「成金どもにまたなんか言われたんか」
「えと、違って」
転校初日の騒動は、話のついでに伝えてあった。
「ええと」
「あのさ、良ければ」
ひよりちやんは口を開いた。
そしてそのまま、私を見つめる。
「ねえ華ちゃん、山ノ内くん。授業もどらず、話、聞いてくれる?」
「うん、大丈夫」
「もちろんや、友達がそないになってて何もせえへんって訳にはいかん」
私はぎゅうっと、ひよりちゃんの手を握った。
先生は微笑んで「ちょっと職員室行ってくるわね」と部屋を出てくれた。ひよりちゃんの泣き腫らした様子から、気を使ってくれたのだろう。
ひよりちゃんのベッド横に、私とアキラくんは丸椅子を置いて座った。
「あのね、華ちゃん、山ノ内くん。わたし、……彼氏と別れたの」
「えっ!?」
私は驚いてひよりちゃんを見つめた。アキラくんが口を開く。
「彼氏おったん?」
「うん、塾で同じクラスの……、他校の人なんだけど」
しゅん、と下げられる眉。
(こないだまですごいラブラブだったのに)
お揃いのキーホルダーをカバンに付けていた。
(アラサーからすると、微笑ましい、可愛らしいお付き合いっていうか、甘酸っぱいっていうか、お似合いだったのに)
そうか。
別れちゃった、のか……。
(それはショックだよね)
よしよし、と私はひよりちゃんの頭を撫でた。これくらいしか出来ないけども……。
「でね、理由なんだけど」
「うん」
私とアキラくんは頷く。
「好きな人が、できたって」
「そーかー……」
アキラくんも何も言えない感じで相槌を打つ。でもこういうのって、案外口に出すと楽になったりするからね!
(うーん、ありがちだよね、でも一番辛い理由、かも)
私は前世に思いを馳せた。セカンド彼女扱いばかりだった前世。
せっかくフリーの人とお付き合いした、と思っていても、気がつけば「本命の彼女ができたんだけど……どうする?」なんて、言われたりして。
(時間が経った今なら、どうするもこうするもねー! って言えるけど、その時は傷ついて、泣くばかりで)
やっぱりなにも言えず、ただ私は頷いて、ひよりちゃんの頭を撫で続けた。よしよし。
「そのね、好きな人っていうのが、1ヶ月くらい前に塾に新しく入ってきた子なんだけど、あ、隣の市の中学の子ね」
ひよりちゃんが通っている塾自体が、隣の市にあるらしい。
「うん」
「なんか、その子、……変なの」
「変?」
私は首を傾げた。
「彼氏とられたヒガミ、って思われるかも知れないんだけど」
「思わないよ。言ってみて」
「あのね、塾のクラスの男子、みんなその子のこと好きになっちゃったの、男子10人ちょっといるんだけど」
私はぽかーんとした。
それは、ちょっと衝撃的すぎない?