関西弁少年との再会
「それでね、こっちが体育館。音楽室はこっちの校舎」
放課後、大友さんに案内されながら校舎を2人で歩く。大正レトロな校舎なのに、設備は最新だ。
「……ていうかさ、」
大友さんは少し笑った。
「庶民側なんて言ってごめん、ね? まさか常盤のお嬢様だなんて」
「え、いや、その」
私は顔の前で手を振った。え、なになに、常盤のお嬢様て。
(そりゃ、悪役令嬢ですし、どうやらこの学園の理事長と親戚ぽいし、それなりにおセレブなご家庭だろうなとは思っていたけれど)
そんなに畏られちゃうほどのおウチだったの!?
(えー、こわっ)
「……たまたま親戚がそう、なだけで。私自身は正真正銘庶民育ちだよ」
私はぽつりと言った。"華"自体がどうかは知らないけれど、少なくとも"私"はそうだ。
「そうなの?」
「そーなの!」
私は大友さんの手を取る。
「だから、その」
私は口ごもった。図々しいかなぁ、会って初日なのに、と思いながら。でも、……私はこの子と、ちゃんと友達になりたい。
「気を使わないで欲しいし、……ひよりちゃん、って呼んでもいい……?」
そう口にして、それから恐る恐る、ひよりちゃんの顔を見てみる。
ひよりちゃんは一瞬ぽかん、としたあと思いっきり全力で笑ってくれた。
「もちろん! 華ちゃん!」
元気いっぱいの笑顔に、胸が暖かくなる。
(うおお)
か、可愛いぞ10代女子の笑顔……!!! ていうか眩しいです!
おたがいにニコニコと笑い合っていると、「華!?」という声。
(ん?)
聞き覚えがある、この声はーー。
「やっぱ華や!」
「アキラくん!?」
振り向いた先では、ティーシャツとバスケ用のハーフパンツを履いてるアキラくんが体育館の窓から思い切り顔を出しているーーっていうか、足は窓の桟に掛けてある。今にも飛び降りてきそう。一階だけど、ちょっと高い位置にある窓。
「危ないよ!」
「なんでおるん!?」
私のセリフをまるっと無視してアキラくんは大声で言った。
「こ、こっちのセリフだよ」
言いながら思い出す。そうだ、アキラくんだって攻略対象なんだから、この学園にいて何もおかしくない!
「でも、会えて嬉しい!」
「それこそこっちのセリフやで!」
アキラくんは一度顔を引っ込めたあと、すごい勢いで扉から飛び出してきた。
「華が電話で言うてた転校先、ってココやったん!?」
「あは、そーみたいだね」
直接会うのは3月振り。
「わー、マジの華や、ホンモノの華やっ」
大喜びしてくれてるアキラくんに、しっぽの幻覚が見えそう。芝犬とかっぽいよな……。
「あの、華ちゃん」
くい、とひよりちゃんにシャツの裾をひかれた。……可愛いなオイ。
「山ノ内くんと……友達?」
「知ってるの?」
「いや、その」
ひよりちゃんは慌てて首を振る。
「山ノ内くんは私のこと知らないと思うけど。山ノ内くんは有名人だもん」
私はアキラくんに目を向けた。苦笑いするアキラくん。そーだ、この子ファンがいっぱいいる系男子なんだった。
「華ちゃんすごいなぁ。山ノ内くんと友達で、鹿王院くんとは許婚で」
「それはたまたま、」
「……は?」
アキラくんの、少し低い声。
「ごめん華のお友達サン、なんて?」
「え、ごめん」
ひよりちゃんは少し怯えたように眉を下げた。
「何か気に障った?」
「や、ちゃうねん。……許婚?」
そう言いながら、私を見るアキラくん。私はこくりと頷いた。
「なんかそんな感じなの」
「はー!?」
アキラくんは大きく叫ぶ。
「なんやそれ! あかんあかんあかん!」
肩を持ってがくがくとゆさぶられる。
「許婚なんて、そんな、あれや、ジダイサクゴやっ」
「いや、ははは」
私も苦笑いしながらうなずく。樹くんはいい子だし仲良くしてもらってるけれど、でも確かに許婚なんて時代錯誤もいいとこだ。
(しかも将来的な破滅エンドの原因になりかねないしさ)
目の前にはアキラくんのやけに整った顔。うーん、たしかにこれは将来が楽しみな感じですね。
(ていうか、……心配されてるのかな?)
必死そうなアキラくんの顔を見ながら考える。
(好きでもない人と結婚させられる、とかって)
私は「大丈夫だよー」と笑った。
「お互い、好きな人できたら考えるみたいな感じのこと言ってたから」
「え、ほんま?」
「そーなの? そんなフランクなかんじの許婚なの?」
アキラくんとひよりちゃんに、それぞれ言われた。私は頷く。
「そうなんです」
ここ、重要だからね。ちゃんと覚えといてね2人とも。
(もし破滅しそうになったら庇ってね)
この人たちの婚約はこんなふうな軽い感じだから、ヒロインさん、設楽さんは邪魔するつもりは無かったと思いますよー、って!
「しかし、そーか、鹿王院樹かぁ。あの」
アキラくんはそう言いながら腕を組む。
「そそそ、あの鹿王院くんだよ」
「……あのさ、樹くんってそんな凄い人なの?」
こわごわと聞いた私に、ひよりちゃんはその大きな目を溢れんばかりに見開いた。
「え、知らないのっ?」
「うん知らない」
樹くんに対して知ってる情報は、ゲーム知識を除くと「サッカー部」「ウーパールーパー飼ってる」「日曜大工が得意」「割と照れ屋」。
(あと結構優しい)
そんなくらい。
「鹿王院って、旧財閥系なんだけど」
「へぇ」
「へぇ、って……反応薄いなぁ。とにかくその鹿王院家の跡取り。しかも本人も文武両道のイケメンで男女問わず人望もあって」
「……あらまぁ」
そんなにすごい人だったとはね。さすが乙女ゲームのメインヒーローなだけありますよ。
(でもなぁ)
私は首をひねる。時々からかい甲斐のあるあの少年が「そんなに凄い」としても、……やっぱり私の知ってる樹くんは日曜大工が得意なウーパールーパー飼ってるサッカー少年なんだよなぁ。