悪役令嬢は紹介される
「ごめんね設楽さん、びっくりしたでしょ?」
お昼休み入ってすぐ、大友さんは眉を下げた。
「あの子たち、いつもああなの。何が気にくわないのか、私たち、一般家庭の生徒をああして馬鹿にしてまわってるの、いつも」
「一般家庭?」
私は首を傾げた。
「この学校の子って、みんなおセレブなのかと思ってた」
いや、正直な話。だからこそ、高校から始まる「ゲームシナリオ」において「庶民」のヒロインちゃんが際立つわけで。
「ああ、ちょっと違って……私、音楽の特待生なの」
「音楽?」
「そーそー」
大友さんは笑った。
「高校からは音楽科なんだけどね、中学までは普通クラス」
ていうか、と大友さんは続けた。
「中学からの入学組はごちゃまぜ、って言い方が正しいかな。このクラスは一般家庭の子が多いよ」
「というと?」
私は首を傾げた。大友さんは笑う。
「あのね、設楽さん、あんな子たちをお嬢様だと思っちゃダメ。ほんものはね、あんなに下品じゃないの。見て」
言われて、教室の窓から外を見る。外は中庭で、その沈丁花の木の下に集う、なんていうか、その佇まいからして「お嬢様!」な集団。
「あれがガチのお嬢様。あのレベルになると、人を貶したりとかしないの。お育ちがいいの。貶すという概念自体がないの」
「ほへー」
思わず変な声が出た。
「あの子たちは"青百合組"って呼ばれてる。幼稚園小学校からのエスカレーター組。あの子たちとはクラスが別」
「そうなんだ」
私は頷いた。じゃあ、同じ学校なはずの樹くんもそっちのクラスだろう。そのうちどっかで会うかな?
「設楽さんはなんでここに?」
「あ、急に転校することになって、……えーと、空きがここしか」
変な返答にしかならなかった。けど、大友さんは頷いてくれた。
「最初はさ、なんでガチお嬢様がこっちのクラスに!? と思ったけど、言動みてすぐ分かった。設楽さんは庶民側だ」
「あは」
思わず相好を崩す。そーか、見た目はお嬢様なんだ、私。悪役令嬢だもんな。
「生まれも育ちもド庶民ですよ」
前世の話だけど……。
「ていうか、音楽特進? なのに、普通科と同じ授業でいいの?」
「もちろん、別にカリキュラムがあるよ」
ややゲンナリと大友さんは言った。
「とびきりのやつが」
「へー!」
私はちょっと興味が出て、大友さんの方に身を乗り出した。
「聴いてみたいな、なんの楽器してるの?」
「あ、私? 私はピアノ」
「聴きたい聴きたい」
「あ、そう? なんか嬉しいな」
はにかむように、大友さんは笑う。
「じゃあ、音楽室にーー」
「シロートの演奏なんか聞いて、どうするのかしらねぇ!」
くすくすと嘲笑うような話し方で、私たちが座ってる机にやってきたのは、さっきの委員長さん。……もう、なんでいちいち絡んでくるかなぁ?
(気にくわないなら、無視したらいいのに)
そう思いながら、委員長さんとそのお友達を眺める。
「……あなたたちに聞かせる訳じゃない」
「うんうんうん分かりますわよ」
委員長さんはニコニコと頷く。
「シロートが、ピアノのピの字も分からないドシロートに気の狂ったような音を聞かせる訳ですわよね?」
「な、」
大友さんは空いた口が塞がらない、ってカオで委員長さんを見つめる。私は思わず立ち上がった。
「ねえさっきから何なの? 大友さんは、音楽特進で通ってきてるんだよ? そんな人の音楽に、なんでわざわざイチャモンつけてくるわけ!?」
「ムカつくからですわ」
ふう、と委員長さんは目を細めた。
「あたくしたちの払った学費で、なぜこの子が特別扱いされなくてはならないのです?」
「あなたじゃなくて、あなたの親の払ったお金、でしょう!?」
「ふん、同じこと」
委員長さんは冷たい目で私をみた。
「ならば、あたくしたちの下僕でいるべきでなくて? あなたたちがこの素晴らしい学び舎で学べているのは、あたくしたちのお陰だってこと、忘れないでいただきたいわ!」
「それは言いがかりだし、それに」
私は口を尖らせた。
「お金持ちなら、才能に投資くらいしてくれたっていいじゃない、ケチ」
「……は?」
「ケチ」
「な、なんですって」
ふるふる、と震える委員長さんに、私は「あ、やべ」と心の中で舌を出した。
(なーに中学生女子と張り合っちゃってるんだろ?)
情けなや……。
その少しの間に体制を立て直した委員長さんはフン、と腕を組んだ。
「とにかく、あなた方庶民は目立たず騒がず、決して出しゃばらず、影にいてちょうだい。特に、青百合組の皆さんにご迷惑をおかけすることは無いように」
「青百合組、ねぇ……」
私は呆れて繰り返した。なんですのその制度……。ま、いいけど。
(おじょーさま方と話が合うとは思えないし)
まぁなんて美しいの、この砂糖漬けのスミレ……。
聞いてちょうだい、あたくしこの詩に心打たれましたの。
まぁ、ジャン・コクトー? すてき……。
(みたいな感じかな!?)
想像上の「マジもんのお嬢様の会話」にくすり、と笑うと委員長さんは目を釣り上げた。
「何を笑って、」
「ああ、いた、華」
がらり、と唐突に開いた教室の扉。そこには樹くんが嬉しげに立っていた。
「職員室まで聞きに行くところだった」
「どしたの?」
何かあったのかな?
樹くんは笑った。
「転校初日だから、不安がってないか見に来たんだ」
「そーなの?」
あらまぁ、気を使ってくれちゃって。
私はてくてくと樹くんのところまで歩いていく。樹くんは「友達はできたか?」と尋ねてきた。
「できたよ」
答えながら思う。大友さんはもう友だちカウントしていいよね?
「……あの、設楽さん?」
その大友さんが、恐る恐るという感じで口を開いた。
「その、……鹿王院くんと、知り合い?」
「華の友達か? よろしく頼む。華は」
樹くんは、私の肩に触れた、ていうか少し抱き寄せるような仕草。
(ん?)
なんか、ちょっといつもよりテンション高いなこの子。不思議に思いながら見上げる。
「華は俺の許婚だ」
「へー、はいはいそうですか、許婚……いいなずけっ!?」
大友さんはものすごく妙な顔をして言った。
「あ、やっぱり今時変だよね、許婚なんか」
解消すべきだ。そうしよう。
「そこじゃない! そこじゃないよ設楽さん!」
ほえー、って顔をされるから、私は恐る恐る樹くんを見上げて、聞いてみた。
「もしかして樹くんって有名人なの?」
「? そんなことはないぞ」
不思議そうに、そう返された。じゃあなんで、大友さんビックリしてるんだろう?
ふと委員長さんたちに目をやると、なんていうか……青い顔をしていた。
「?」
私は首をひねる。ゲームでの樹くんの立ち位置、どんなだったっけかなぁ……。