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悪役令嬢、転入する

 綺麗に磨き上げられた木製の廊下を歩く。年季が入っているーーというよりは、歴史がある、のほうがいいのかな? 黒っぽく、そして艶っぽく光る廊下は、ヘタに新しいものより、よほど気持ちよく感じられた。


(ま、これが中学校の床ってのがすごいよね……)


 なんていうか「大正ロマン!」って感じの建物。白い漆喰の壁も、クリーム色の木枠の窓も、どこもかしこも埃1つなかった。

 結局、私立ーー"ゲーム"の舞台である青百合学園に入学させられた私の登校初日だ。まぁ養われている身、拒否権はさすがになかった。まぁ、高校は別のとこへ進学すればいいとして、ーーそれとはまた別に、ちょっとどきどきしてしまう。


(アラサーにもなって、とは思うけど)


 転校初日って、すっごい緊張します!


「設楽さん、ここが教室ね。3組」


 優しそうな女性の先生がカラリと横に戸を開ける。

 教室に入ると、ザワザワしていた生徒たちがピタリと話をやめてこちらに注目しているのが分かる。

 夏休み明け1日目にあたるらしくて、なんとなくその高揚感みたいなのも感じられた。


(うう、緊張)


 先生が黒板にカツカツとチョークで私のーー華の名前を書いた。


「設楽華さんです。設楽さん、ひとことお願いね」

「えっと、設楽華です」


 そう言って、私は他になにも言うべきことがーー記憶がないことに気が付く。どこどこ中学校から来ました、とか、そういうの言えない。

 口ごもった私に、クラスの視線が降り注ぐ。ええい。


「よろしくおねがいします」


 無理やりまとめて、ぺこりと頭を下げた。

 ぱちぱち、と拍手が起きて私はほっと胸をなで下ろす。


(あれ、)


 ふと気がつく。数人の子たちからは拍手どころか、視線さえもらえていなかった。


(?)


 じっ、と見ていると、気がついたようにそのうちの1人の女の子と目があった。

 軽くひそめられる眉。ふい、と逸らされた視線。


(え、えっと!?)


 初対面……だよね!? いや記憶は全くないのだけど。な、なんか因縁の相手とかだったらどうしよう!?

 ひとりで焦っていると、先生に声をかけられた。


「じゃあ設楽さん、あの席ーー真ん中あたりの空いている席に座ってね」

「はい」


 指定された席に座ると、横に座っていた元気そうな女の子が「設楽さん、よろしくね」と笑ってくれた。くりくりとした、黒目がちの瞳が印象的な、ショートカットのスポーティな女の子。


(可愛い~。アメリカンショートヘアーの仔猫みたい)


 私はそんな感想をいだきなから「こちらこそよろしくね」と挨拶を返す。


「わたし、大友ひより」


 女の子が話しかけてくれたことに、なんとなくほっとする。


「ええと、大友さん」


 にっこりと笑ったところで、ホームルームはお開き。すぐに授業が始まった。1時間目は数学、らしい。


「きりーつ」


 そう言ったのは、……さっき眉をひそめてきてた女の子。委員長さんなのかな?


(ていうか、おセレブ校でも起立、礼はするんだね)


 そりゃするか、なんて思っている間に、先生が「まず夏休みの宿題提出でーす」と声をかけてきた。


(そ、そうだっ、夏休み明けといえば宿題提出!)


 こういうセレブな私立とかはどうなんだろう、宿題サボる子とかいるんだろうか。


(皆、勉強とかどうなんだろ。ついていけるよね?)


 樹くんから特訓を受けているのだ。なんとかなる、と信じたい!

 ふう、と息をついた。


(勉強は、頑張っていこうと思ってるのよね~、ゲームの華はとってもおバカちゃんだったから)


 少しでも「ゲームと違う華」になっておくことが、破滅エンドへの回避方法ではないかと思っているのですが、どうでしょう。


(それに、成績良ければ最悪、破滅エンド……、つまり退学の上に勘当されても、高卒認定取ってどっかの大学で奨学金もらえるだろうし)


 1人でも生きていく力をつける。なんの才能もないだろう私にある、そのたった一つの方法が勉強だった。


(頭の中身は誰にも奪われないーーってけだし名言よね。まぁ、華自身の記憶は消えちゃってる訳だけど)


 そこまで考えたところで、ふと気付いた。


(華はどんな事故にあったんだろう)


 お医者さんも敦子さんも「事故」というだけでハッキリしたことは言わなかったし、未だに教えてもらえていない。


(でも、その事故で華は母親をうしなった訳よね? その規模の事故にしては、私はケガひとつなかった)


 眉根を寄せて考えていると「設楽さんは出さなくていいと思うよ」と隣から大友さんがこっそり声をかけてくれた。


「それとも前の学校の宿題、持ってきてる? 先生に聞く?」


 考え込む私を見て、宿題を出していいのか分からなくて困っているのか、と心配してくれたのだろう。


「ううん、ありがとう。大丈夫」

「うん」


 にこっ、と笑って大友さんは自分のノートを揃えた。

 ふーむ、面倒見良いタイプなんだろうな。


 休み時間になると、一気に人に囲まれた。


「設楽さん前の学校、部活何してた?」

「いまどの辺に住んでるの?」


 口々に質問を受ける。


(うーん、何せ華の記憶ないから、なんとも言えないな)


 首を傾げつつ、適当に返していく。


「部活は入ってなかったよ、今は駅の近く」

「あっ、じゃあウチ近い! いっしょに帰ろう」


 そう言ってくれたのは、大友さん。


(おお、いい子だっ)


 嬉しくなって「うん!」と元気に答えてしまった。なんてこった、ほんとに中学生になった気分……。


「転校は親の仕事?」


(あっ困る質問来ちゃったな)


 どうしよう、と考え込む。


(いないんだー、とか言うと気を遣わせるかな?)


 しかし嘘を言うのも気がひけるし……と考えていると、がたん! と後ろから衝撃があった。椅子に誰かぶつかった?

 振り向くと、委員長さん。思いっきり見下した視線で「あら、ごめんなさい」と口の端を上げた。


「庶民の皆様がぴーちくぱーちくと煩いものですから、めまいがして、ふらついてしまったのですわ」

「まぁ! 大丈夫ですの?」

「確かにうるさかったよな」


 友達っぽい子たちも、後ろから加勢してきた。な、なになに!?


「少し音量気をつけて欲しいよな……って、庶民にはムリか?」

「雑音を聞いてお育ちになってきたのでしょうからね」


 くすくす、と笑い合う委員長さんたち。


「なーに難癖つけてきてんよ」


 言い返したのは、大友さん。


「設楽さんに謝ったら!?」

「いやよ」


 ふん、と委員長さんは踵を返して教室を出て行ってしまった。お友達もそれに続いて、私はそれをぽかんと眺めながら思った。


(……もしかして私、とんでもないところに来てしまったのでは!?)

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