悪役令嬢、お祭りに誘われる
「おひゃえりひゃな、さきにひただひふぇふぞ」
帰宅すると、焼きそばを口に詰め込んだ樹くんが、至極真面目そうな顔でそう言った。
(お帰り華、先にいただいてるぞ、かな……)
「今日は焼きそばかー」
「ごめんね華ちゃん、なんだかウチの子供が小学生だった頃の癖で、気がついたら夏休み期間は焼きそばか素麺作ってるのよ」
とは八重子さん。なるほど。
「あは、でも私、焼きそば好きだから大丈夫です」
「今日は海鮮だぞ!」
嬉しそうな樹くん。
私はキッチンで手を洗って、樹くんの前に座った。
八重子さんが焼きそばのお皿を出してくれる。まだアツアツだ。ふんわりと美味しそうな塩ダレのかおり!
「いただきまーすっ」
早速口に運ぶ。
「このソースっ、いつものと違う! イカによく絡むっ」
私が思わずそう言うと、八重子さんは「ごめん、いつもと同じよ」と笑った。
食後にメロンクリームソーダを、お庭で海を眺めながらいただくことにした。
太陽を反射してキラキラ輝く湘南の海は、今が盛りと言わんばかりだ。
八重子さんがクリームソーダを用意してくれている間に、私たちはサンルームの前の芝生にパラソルを開いて、椅子を並べた。足元には水を張ったタライを設置です。これぞ夏!
「おいしー」
「うむ」
八重子さんのメロンクリームソーダには、きっちりサクランボが乗っている。
もちろん缶詰の、真っ赤なサクランボだ。バニラアイスは手作りらしい。ちょうど良い甘さの、古き良きメロンクリームソーダ。
「やっぱり、サクランボがなくちゃね……」
「うむ」
「サクランボがないクリームソーダなんて、生卵の乗ってないローストビーフ丼のごとしよね」
「正にその通りだ、華。素晴らしい例えだ。古代中国なら石に刻み石碑としていただろうな」
「えへ、そんなぁ……」
なんとなく、樹くんに褒められるのが気持ちよくなってきた昨今である。危ない危ない。変な関係になっちゃう。
「ところで、華」
「なぁに?」
横に座る樹くんを見る。
心なしか、さっきまでより、少し真剣な目をしていた。
「来週なのだが、縁日に行かないか」
「縁日? ……お祭り?」
「そうだ。ウチの近くの神社のお祭りで、なかなか賑やかで楽しい。……その、華さえ良ければ、なのだが」
「あー……それって夕方から?」
「? ああ」
「うーん、じゃあ難しい、かも」
(照明で明るいだろうから大丈夫かなぁ、そういう問題でもないだろうなぁ)
夜道歩けない問題である。
「夜間の送迎なら、うちの運転手に頼めそうだが」
(運転手さんとかやっぱいるんだ、あの家)
なんせ1000万する錦鯉がいる(予想)ようなご家庭だからな……。運転手の1人や2人。
「や、ううん、えっとね、私夜道が怖いんだよね」
「夜道?」
樹くんは軽く首を傾げた。
「うん、多分。てかね、夜の室外に出るのがそもそも苦手……っぽい、かな」
「……そうなのか」
「ごめんね?」
「いや、構わない。苦手なものを強要したくはない」
「……ありがとう」
(こういうとこ、ほんと中学生離れしてるっていうか)
ワガママを言わない、というより、言えない、のだろう。
(多分、ゲームでも言及されてた、あの不安感のせいで)
ワガママを言えば、嫌われてしまうのではないか、という不安があるんじゃないだろうか、と予想してみる。ご両親とずっと離れてひとりで育った、樹くん。
(うーん)
とはいえ、無理してお祭りに行っても気を使わせるだけだろうしなぁ、などと考えていると、樹くんが口を開いた。
「じゃあ、その代わり……その日の夜、遊びに来てもいいか?」
「え、それは構わないけど」
私はまじまじと樹くんを見つめた。
「お祭り行けなくて、つまらなくない?」
樹くんは微笑んだ。
「華といる方が楽しいし、……ちょっと考えがあるんだ」
「考え?」
そう聞き返すと、樹くんは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「まだ秘密だ」