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悪役令嬢はヒロイン(謎)に遭遇する

「あ、じゃあ車回してくるからちょっと待ってなさい」


 デパート近くのカフェでのんびりした後。

 そろそろカフェから出よう、ということになった矢先、敦子さんはそう言って、さっさとカフェを出て行ってしまった。あれ、またお会計は……?

 お店の人はニッコリと敦子さんを見送った。ほんとうにどうなってるんだろ?

 車は近くのコインパーキングに停めてあって、席はテラス席なので車が来ればすぐに分かる感じだ。


「……送ってくれなくても大丈夫なのだが」

「そういう訳にもいかないんじゃない?」


 美容室に行く前に、樹くんを送り届けることになったのです。


「むしろ、俺は華が髪を切られているのを眺めていたいのだが」

「えっ、それはなんかヤダ」


 断ると、樹くんは少し拗ねたようにエルダーフラワージュースをストローで吸い上げた。


(子供か! あ、子供だわ)


 少し面白くてニヤリと笑うと、樹くんは少し耳を赤くして目をそらした。


(あ、面白がってるのバレたかな)


 でもなー、なんか可愛いんだもんなぁ、などと考えていると「や、やめてあげたら、どう、ですかっ」という震えた声が背後からした。


 振り返ると、小柄な女の子が立っていた。フワフワで明るい色の長い髪に、ぱっちりまつげの、まるでお人形さんのような女の子。


(え、やめる? やめるって、からかうのを?)


 周りから見ても虐めているように見えるくらいだった!?

 申し訳なかったなぁ、と眉を下げる。謝らなきゃ。


「そ、そういうっ、い、許婚っていうのを傘に着てっ、ろ、鹿王院くんを、つ、連れまわすのっ、や、やめたほうが、いいですよっ」


(……は?)


 ぽかーん、として女の子を見つめる。


 女の子は、両手で可愛らしい白いレースのワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、ふるふると震えていた。


「……さっきから何のことだか分からないのだが、……、華、知り合いか?」


 不審そうな目を向ける樹くんに、ふるふると首を振って答える。


「むしろ、樹くんの学校の子とかじゃないの?」

「いや、知らない顔だが……すまない、会ったことがあっただろうか?」

「いっ、いえ、な、無いんです、けどっ……、いま、お店に入ってきてっ、ろ、鹿王院くんがっ、し、設楽さんといるの、み、見て……」


 女の子は、キッと強い目で私を見た。


「言わなくちゃって、思ってっ!」


(な、何を!?)


 思わず体ごと引いてしまう。


(なんか、変な怖さがある、この子……)


 目が、こちらを見ているようで見ていない、というか。


「し、設楽さんっ! 鹿王院くんは、め、迷惑している、んですよっ!?」

「……迷惑?」

「あ、あなたの一目惚れでっ、無理やり許婚なんかに、されてっ」


(え、なになに!? なんか誤解されてない!? どういうこと?)


 女の子の目は、既に崩壊寸前というくらいに涙が溜まっていた。


「ひ、人の、気持ちも、考えてくださいっ」

「人の気持ちを考えるのはお前の方だ」


 樹くんは立ち上がり、低い声でそう言った。


「なぜ俺が迷惑していることになる? なぜ華が、人の気持ちも分からないことになる? 会ったこともない、というお前に何が分かるというんだ?」

「ひっ、で、でもそのっ、でもっ、わたしっ、鹿王院くんの気持ち分かるからっ」


 ただでさえ小柄な女の子に、既に170超えてる身長の樹くんが対峙しているのだから威圧感ははかるべし、だ。


「ちょ、樹くん、やめて」


 私は樹くんを無理矢理椅子に座らせた。


(テラス席、ほかに人が居ないからまだいいものの……)


 私はこっそり嘆息する。


(なんなのよこの電波系女子……)


「いいか。ひとつ断言する。俺は華と許婚になって、何一つ迷惑などしてない……華、本当だ」

「え、あ、うん」


 真剣な眼差しに押されるように、コクリと頷く。


(ほーんと、真面目よね)


 少し感心していると、女の子は「で、でもでもっ……、ゲームではっ」と小さく呟いた。


(……ん? ゲーム? ゲーム言いましたこの子?)


 私は改めて女の子を眺めた。けれど、……見覚えはない。


(やっぱり違う。私の知ってる乙女ゲームのヒロインちゃん、じゃない)


 うーん、ややこしくなってきた。


(このレベルの顔立ちで、モブってことはないでしょうから……神戸にいた"ヒロイン"ちゃんとは、また別のゲーム?)


 そうなると、と睨み合う(というか、ライオンとそれに睨まれた仔猫みたいになってるけど)2人を横目に、しばし思考する。


(もしくは、"神戸の子がヒロイン"のゲームの、悪役令嬢)


「だ、だめ、なのかなっ」

「何がだ」


 樹くんの声は相変わらず低い。


「わ、私がひ、ヒロインでもっ、やっぱり、別の、ゲームだからっ。"ブルーローズ"の人には、"ブルーローズ"のヒロインじゃないと、心が通じないのかなっ、分かって、くれないのかなっ」


 女の子はついに涙腺が決壊したのか、ポロポロと玉のような涙を零しながら、小さくそう言った。


「……さっきから、何を」

「華ー? 樹くーん?」


 その時、ププッ、と軽くクラクションを鳴らして敦子さんの車が到着した。左ハンドルなので、窓から少し身を乗り出すように私たちを呼ぶ。


「あれー? お友達?」

「ちがうの、敦子さん……いこ、樹くん」


 私は少し震える身体を無理矢理に動かして、テラス席から直接車へ向かおうと歩道に出た。


「華」


 そう言って、追いかけてきた樹くんは、私の手を握った。

 そしてハッとしたような表情になる。


「手が冷たいな……怖かった、だろう、済まない」

「……樹くんのせいじゃないよ」


(そう、樹くんのせいじゃない……あの子が、ブルーローズ、そう言ったから)


『ブルーローズにお願い』


 それが、どうしても思い出せなかった、"華が悪役令嬢"の乙女ゲームのタイトルだ。


(間違いない、あの子、前世の記憶持ちだ)


 なのに、なのに。


(なのに、あの子は私を嫌ってる)


 普通に怖い。

 あの、こちらを見ているようで、見ていない、あの目。


(私も記憶があると打ち明けたら、どうにかなったのかな)


 ……分からない。

 しかし現時点で、それを選択する勇気は私になかった。

 そしてもうひとつ、思い出したことがある。なぜ、この世界に何人もヒロインがいるのか。


(それはーーあの作品は、3部作のひとつだから)


 華が登場する『ブルーローズにお願い』は3部作の2作目にあたる。

 ほかの2つのゲーム名は未だに思い出せないが(その上未プレイ)おそらくこの世界はその3部作で構成されていると見て間違いないだろうと思う。


(つまり、この世界には3組の"ヒロインと悪役令嬢"が存在している、んだと思う……その全員が記憶持ちとは限らないけれど)


「華」


 深い思考の海から、樹くんの声で我に帰る。


「あ、えっと、ごめん」

「大丈夫か? 震えていた」

「あ、えと、そう?」

「ああ」


 敦子さんも不審に思ったのか、車から不思議そうな目線を寄越している。


「……嫌な思いをさせた」

「そんなことないよ、樹くんは守ってくれたじゃない」

「あんなものは、守ったうちに入らない。華には」


 樹くんはスルリと片手を私の頰に添えた。


「華には、とにかく嫌な思いを1つもして欲しくない。悲しい思いをして欲しくない。辛い思いもして欲しくない。楽しくて嬉しくて幸せな思いだけして、俺の横で笑っていて欲しい」


 そう言われて、私はぽかんと口を開けた。そのあと、少し吹き出してしまった。


「あは、樹くん」


 私は首を傾げた。


「嫌なこととか悲しいこととか、辛いこととか、そんな事を沢山乗り越えるから、楽しかったり嬉しかったり、幸せだなって思えたり、するんだよ」


 樹くんを見上げると、樹くんは「ふむ」と呟いた。


「なるほど確かに、それはその通りだろうな。しかし俺は、それが単なる俺のエゴだと言われようと、この考えを曲げるつもりはないぞ」


 そう言って、ぐっと目線をテラス席に佇む例の女の子に向けた。


「あらゆる障壁は撃破する」


 女の子は「ひゅ」と息を飲むと、慌てて店内へと戻ろうとしてーーが、すぐに振り返り「ろ、鹿王院くん、わ、わたしが言ったこと、い、いつか、わかるんだからねっ」と裏返った声で叫んだ。

 そして本当に店内へ戻っていった。


「華が大げさにしたくなさそうだから諦めるが、……色々と考えはある」

「やめよう。単に関わりたくない」


 三部作、とはいえ、別のゲーム。関わらなければ、きっともう、これから会うこともないはずだ。


「……分かった」


 樹くんはしぶしぶ、という様子で私の手を引き、車へ向かって歩き出した。


「ところで樹くんって、やたら難しい言葉知ってるよね?」

「ふむ? そうか? 亡くなった祖父の本をよく借りていたからだろうか」

「あ。それかもね」


 私はちょっと笑った。


 同じ中学生でも、アキラくんみたいな子もいれば樹くんみたいな子もいるんだなぁ、などと益体も無い事を考えながら、私たちは車へ乗り込んだ。

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