悪役令嬢はお姫様抱っこされる
「あ、アキラくん」
眉間に深くシワを寄せて、アキラくんはその男子に詰め寄る。
「え、は、そんなキレんなよ」
本気で怒ってるアキラくんに、男子は少したじろいだ。
「つか、なにキレてんだよ」
「それこそアンタらに関係ないわ。だぁっとれ言うとんやこっちは」
そう言いながらアキラくんはその男子の胸ぐらを掴む。
「マジになんなよ、関西人だろ、ジョーク通じろよ」
「おもんないねん関東人は」
おでこがぶつかりそうな程の距離で、アキラくんは低く言う。
「センス無いわぁ」
そう言って、もう片方の手をきつく握りしめた。
(な、殴る!?)
それはダメだ。アキラくんはバスケ推薦で青百合にいるんだ、暴力沙汰なんか起こしたら退学間違いなしだ。
「ま、待って」
私は痛む足を無理やり動かして、アキラくんの背中にしがみつく。
「だめだめ、だめだって」
「華は下がっとけ」
怒ってる、でもその中からも優しさを感じる声でアキラくんは言う。
「大丈夫やから」
「大丈夫じゃない!」
そう叫んだのは、私じゃなくてひよりちゃん。
「ひよりちゃん?」
「大丈夫じゃないよ、わ、わたしのせいで山ノ内くんそんなことになったらっ」
涙目で、ひよりちゃんは拳を握るアキラくんの腕を掴んだ。
「……ごめんなひよりサン、せやけど、俺なぁ。コイツどついたらなあかんねん」
アキラくんは、ひよりちゃんに口だけで笑って見せた。
「バスケできなくなるっ」
私はぎゅうっと背中にしがみついたまま、何とかそう叫ぶ。
「私は大丈夫。ほんとに」
少し振り向いたアキラくんの目を見ながら、必死で訴えかける。
「ね?」
アキラくんは小さく舌打ちをして、男子をもう一度睨むと、いかにも渋々と言った表情で掴んでいた手をぱっと開く。
「次は無いで」
アキラくんは男子にそう言って、静かに私を抱き上げた。
「え、アキラくん」
「あー、ひよりサン、すまん、保健室ついてきてもろーてええ? あ、そこのドアもあけてもろーてええかな」
「え、あ、うん」
ひよりちゃんも歩き出して、扉に手をかけた。がらがら、と開く倉庫の扉。
男子たちは威圧されたみたいで、なにも言わずに黙っている。
東城さんだけがきいきい喚いていたけれど、自分では何もできないのか、直接的に邪魔はしてこないようだった。
「な、なによ邪魔をしてーー大友ひより! 如月くんだけじゃなくって、その男子まで誑かしてるんですわね! この、ビッチ!」
思わず振り返って言い返しそうになった私を、ひよりちゃんが笑って制した。
「大丈夫だから。それより、保健室いこう?」
「でっでもっ、ひよりちゃんっ」
あんなことーーあんな、酷いことを!
アキラくんも眉間にシワを思いっきり寄せていたけれど、ひよりちゃんが「ほんとに大丈夫だから!」と笑うから、とりあえず倉庫から出た。
まぁたしかに、まずはひよりちゃんの身の安全の確保が大事だ。そう思って。
しばらく歩いたところで、ひよりちゃんは、ぺこっと頭を下げた。
「ふたりとも、ありがとう」
「ううん、そんなこと……ってか、アキラくん! 私、歩けるよっ」
「あかん、腫れてきてるやんか」
言われて見てみれば、確かに赤く腫れ上がって来ていて、私は今更ながらに痛みを自覚する。思わず眉をしかめると、アキラくんは悲しそうに眉を下げた。
「……すまん、守れんで」
「何言ってるの」
私はぱちぱち、と目を瞬いた。
「アキラくんが居てくれたから、私勇気が出たんだよ」
そう言って見上げると、アキラくんはほんの少し笑って、それから、少し私を抱く手にほんの少しだけ、力をいれたみたいだった。