悪役令嬢と友情
ふたりで見つからないようにくっつきながら、その話を聞く。
「東城さん、やりすぎだよね?」
「ねぇ……えぐい。あんなこと、お嬢様でも考えつくんだね」
ド庶民なわたし達でもしないよね、と二人は話す。
「大友さんも怖いのに目ぇつけられたよね」
「よりにもよって、あの東城さんだよ」
「強いよねー……」
私は、その会話に出てきた「大友」に目を見開いた。
(ひよりちゃん!?)
今にも飛び出したいのをぐっと抑えて、2人の話に聞き耳をたてる。
「どーすんの。行く? 倉庫」
「あー、どうしよ。行かないとさあ、部活で東城さんにガチギレされそうだけど、……大友さんカワイソすぎて」
それがはっきり聞き取れた最後の言葉で、そのまま2人はぶらぶらと歩いて行ってしまう。
「……華?」
私が青い顔をしているのにきがついたのか、アキラくんは心配そうに私の顔をのぞきこむ。
「ひよりちゃんが……!」
「ひよりて、ひよりサン? どないしたん」
「そう」
私は頷いて、夏休み中、登校日にひよりちゃんが少しトラブルっぽくなってたことを話す。
「なにか、酷いことが起きてるみたい」
「……やな。倉庫、言うてたな」
「裏門とこのじゃないよね、人が何人も入れる大きさじゃないし」
「体育倉庫やろか」
運動場のすみっこの、とアキラくんは呟く。
「体育館のじゃなくて?」
「体育館は昼休み、開放されてるから人目があるんや」
その言葉を聞くやいなや、私は走り出す。
「アキラくんは帰ってて?」
巻き込むのは申し訳ない、と眉を下げた。
「なんや華、俺のこと巻き込んでくれへんの?」
私に簡単に追いついたアキラくんは笑う。
「巻き込まれたほうが俺は幸せや、っつーか」
アキラくんの目が、少し真剣みを帯びる。
「なんや、危なそうなとこに自分が好きなオンナ、ひとりで行かせるかいな」
こんな時なのに、私の胸はぎゅうっとなる。目が熱くて、ないちゃいそうだった。
(ごめん)
心の中で、何度も謝った。
校庭の隅にある体育倉庫にたどり着くと、かすかに人の声が聞こえる。何人かの人の笑い声。小さく聞こえる「やめて」というひよりちゃんの声。
顔色が変わった私の顔を見て、アキラくんは言う。
「間違いなさそうやな?」
鉄製の扉に手をかけた。内鍵はそもそもないので、簡単に開くかと思いきや、なにか突っかえ棒のようなものがしてあるのか、全く動かない。
扉をガンガン、と叩く。
「ひよりちゃん! いるの!?」
しん、とする倉庫。
(どこか、どこか、入れる場所を)
きょろきょろ、としているとゴトリ、と音がしたあとガラガラと扉が開く。
「ひよりちゃんっ」
そう叫んだ私を、扉近くにいた男子が引きずり込んだ。
「華っ」
すぐにアキラくんも倉庫に私を追ってくれるけど、私は振り向いて(しまった!)と思う。別の女子に、すぐに扉が閉められてしまった。
「離せや!」
アキラくんが私の腕を掴む男子から、私を引き離す。
男子は「おーこわ、関西弁じゃん」と少し笑って、一歩後ろに下がった。
アキラくんにお礼を言って離れつつ、私はソイツらを睨みつける。
女子3人に、男子2人。
ひよりちゃんは、正座して前屈した状態で、女子2人に頭と背中を押さえつけられている。1人の男子はスマホ片手にその様子を撮っていたようで、女子のもうひとりは、扉の方からニヤニヤ笑いながらこちらに歩いて来ていた。
「は、華ちゃん」
ひよりちゃんが、必死にこちらを見る。
「と、東城さん、華ちゃんは関係ないよ」
「知りませんわ、あちらからいらっしゃったのよ? ……まさか、設楽様?」
東城さんは私に気がついて、軽く眉をしかめる。
ひよりちゃんを押さえつけている2人の女子のうち1人が、私を睨んだ。
(……ていうか!)
その横で、スマホ片手にニヤついている男子には見覚えがある。
(……体育でからかってきた人)
よりにもよって、な組み合わせ。
「女子は設楽さんだろ、鹿王院の許婚」
その男子がそう言うと、少しざわつく。
「まずいんじゃ」
「でも」
ヒソヒソと言い合うのを無視して、私は叫んだ。
「ひよりちゃんを離して! 何してるの!?」
「何って、……ふざけてただけですわ。ねぇ?」
東城さんは笑いながらひよりちゃんを立たせる。
「ねー、ひよりさぁん?」
ひよりちゃんは、びくりと肩を揺らした。
「……お前ら、女子1人にこないなことして、恥ずかしくないんか」
アキラくんがイラついた声で言う。
「汚い真似すなや」
「関西弁、こわっ」
「こいつ知ってる、スポ薦のバスケの」
「あー」
ケタケタ、と男子たちは笑う。
それから、ふと低い声になってアキラくんを睨みあげた。
「……つか、なんで一緒にいるわけ?」
設楽さんと、と交互に指差される。
「……なんでもええやろ? 関係ないやんけ。つか、謝れや、その子に」
「だーかーら、ふざけてただけだって。友達と。な」
笑いながら男子は、ひよりちゃんの腕をとった。
「なー?」
「……うん」
「ほら」
くすくすと笑い、勝ち誇る東城さんを無視して、私は言う。
「ひよりちゃん、絶対守るから一緒に行こう」
手を差し出す。ひよりちゃんはウロウロと目線を動かした。
「守る!」
あははは、と東城さんは笑った。
「正義の味方気取りですの?」
「気取りでも何でもええやんか、お前らよりは少なくとも正義寄りなんは確かなんやから」
アキラくんは東城さんを睨む。
「ですから、関係ないことですわよね? あなたがたには」
「関係あるよ」
私は言う。
「友達だもん」
ひよりちゃんは目を見開く。その目から、ぽろりと涙がこぼれた。
「友達! 友達ですって」
東城さんは嘲るように笑って、それからひよりちゃんから手を離した。そして明らかにバカにした口調で言う。
「感動的で涙が止まりませんわ」
「つーかさ。コイツ、返せばいーんだろ? ほら!」
横にいた男子が、どん、とひよりちゃんを押した。
「、あ」
ふらり、とひよりちゃんは傾いで、倒れかかった。その先には、ハードル競争のハードルが並べてある。
(ぶつかる!)
私はひよりちゃんを支えようと手を伸ばしたけれど、支えきれずにひよりちゃんを抱きしめる形でそれに突っ込む。
がたあん、と大きな音ともに後頭部から背中にかけて痛みが走った。
「華っ!」
アキラくんが大きく私の名前を呼んで、走り寄ってくる。
「大丈夫か」
私たちは、優しく抱き起こされる。
「う、うん、ひよりちゃんは」
「わたしは大丈夫、ごめん、華ちゃん、ごめん」
綺麗な目からは、相変わらずポロポロと涙が。怪我はないみたいだ。
ふ、と安心する。
と同時に、足に痛みが走った。
「……っ、た」
「華」
アキラくんの顔色が変わる。どうやら足首をひねったみたいで、立てそうにない。
「あっは、勝手に突っ込んで勝手に怪我して。お美しい友情でございますわね?」
私たちを見て、東城さんは笑う。アキラくんが睨むと、私を引きずり込んだ男子が嘲るように言った。
「でも大友怪我してないじゃん、良かったな。設楽、胸にエアバッグみたいなのつけてるもんな」
その一言に、もう1人の男子、体育で私をからかった男子も、ケタケタと笑い出す。
「ほんとそれ! やっぱさ、そのでけーのでさ、俺の挟んで」
がん! と大きな音がした。アキラくんが近くの壁を強く蹴り上げた音だった。
「その口しばらく閉じとけや」
低い声でアキラくんは続ける。
「耳障りなんやクソタボ共が」