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セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する  作者: にしのムラサキ
【分岐】山ノ内瑛
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悪役令嬢とスパイごっこ

 私はずるい人間だ。

 ひどい人間、だと思う。

 アキラくんは私を好きだと言ってくれた。

 胸がぎゅうと痛む。あの朝のことを、私は一生忘れないだろう。

 朝日と、それに輝く朝靄と。

 朝露に濡れたように光る、赤いバスケのリング。

 笑ってるアキラくん。けれど真剣で真っ直ぐな瞳。キラキラしてた。

 狂おしいほどに欲しいと思った。


(でも、どうしようもない)


 私は思う。

 私には許婚がいて、それはもうどうしようもない事実で。

 それに、気がついてしまった。

 朝靄の中、私を好きだと言ってくれるアキラくんの目を見ていて……思いだして、しまった。


(もしもシナリオ通りに進むのならば)


 それを運命と呼ぶのならばーーアキラくんは、じきに運命の人と出会うのだから。

 アキラくんは「攻略対象」。

 ならば運命の人は悪役令嬢な私なんかじゃない。

 ヒロインが、この世界にいるのだから。

 だから私は首を振った。そうするしかなかった。


(でも、離れられない)


 好きでいて欲しいと、私は思っている。ひどい人間だという自覚はある。ずるい。弱い。アキラくんみたいな人に、好きでいてもらえる人間じゃない。


(分かってる)


 分かってるけどーー感情は混乱するばかり。

 そんな私に、アキラくんはいつも通りだった。

 校内で会えば挨拶してくれるし、たまにお菓子をくれたりもする。スマホに音楽もいれてくれる。笑いかけて、くれる。


(私はちゃんと笑えてる?)


 時々だけど、そう思った。


「寒くなったね」

「せやなぁ」


 すっかり銀杏も色づいた頃。

 ずるい私と、それでも優しいアキラくんは、昼休みに渡り廊下でたまたま会って、そのまま立ち話していた。


「え、おねーさんの作ったお菓子?」

「ん、焼き菓子。食う?」

「食べる食べる!」


 アキラくんは色々気遣ってか、人目があるところではこんな風に接してこない。

 許婚がいる人間が、ほいほい他の男子と話したりしてるのは、嫌でも人の目を集めるから。

 だから、喋る時も少し移動したりする。


「ほな、とってくるわ」


 待っててや、と言われて、私は校舎の影に座り込む。

 ど、ど、ど、と心臓が痛いくらいに煩い。


(私はずるい)


 まだ好きでいて欲しいと願ってる。

 その笑顔を、私以外に向けないでと願ってる。


「お待たせ」


 アキラくんが透明の袋に入ったそれを、ずいっと差し出してきた。シナモン入りのクッキーみたいだった。


「ありがとう」


 笑いながら受け取る。……上手に笑えてるよね?

 びゅおっと風が吹いて、私は思わず肩を竦めた。


「さ、寒くなってきたよね」


 アキラくんも頷いた。


「とりあえず歩こかー。どっか食えるところ探そ。動いたほうがあったまるやろ」


 それは、一緒に食べてくれるってこと?


(だよね?)


 そう認識すると、とたんに心臓が高鳴る。まだ好きでいてくれてる? それとも友達だから?

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと人の気配、というか、ボソボソとした話し声がして、私とアキラくんは身を潜めた。


「ふっふ、スパイみたいや」

「楽しそうだね」

「華と一緒なら何でも楽しいねん、俺は」


 私はぽかんとアキラくんを見上げた。


「華は?」


 優しげに、目を細められる。

 その目に促されるみたいに、気がついたら答えていた。


「私も」


 そう呟くと、アキラくんは振り返って私の髪をぐちゃぐちゃにして、笑う。


「な、なんで!?」

「可愛すぎるから、ちょっと不細工にしたろ思て。……ムダやったけど」


 そう言って、少し離れて切なげに微笑む。

 胸が痛い。

 罪悪感と、それを上回る、なんとも言えない幸福感がーー私ってこんなに嫌な人間だったっけ?

 ふと、さっきの話し声が、少しずつ大きくなっていることに気づく。近づいてきているのだ。

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