悪役令嬢は眠る【side充希】
「どないしたんや暗いな」
「暗ないわ元気やわ」
朝からやたらとはしゃいで見せるウチのオトートが痛々しい。華ちゃんは凹んどるし。なんかあったんやろか?
出勤のとき、部活に行く(夏休みやのに大変やのう)瑛と家出るんが被って、しゃあなしやでとエレベーターの中でそう尋ねた。
「ケンカしたん?」
「してへんわ」
「じゃあどうしたんや」
言うたらラクになるかもやで? ん? と迫ると、瑛は抵抗してもムダと悟ったのか渋々口を開いた。
「……振られた」
「? 誰に」
「華以外におるんか」
「へ?」
ぽかんとしたあたしを見て、瑛は変な顔をした。
(え、だって。華ちゃんも瑛のこと好きや言うてたよな?)
あれ、夢?
華ちゃん泣き疲れて寝てもうて……。夢ちゃうよな。
「なんやその顔」
「え、だって、華ちゃんも瑛のこと」
「……も、なんや」
「えーとー」
言ったらあかんよな?
(あー、許婚がどうのか)
それで断ったんか。形だけとかちゃうんやな。なんやろなぁ、せつないなぁ。
(せやけど赤の他人がクビ突っ込んでええ話ちゃうし)
んー、と首を傾げてる間に、瑛は何かしら悟ったようやった。
「……それでか」
「んー、なんていうか、きみらはアレやな、苦労するなぁ」
「こんなん苦労に入らへん」
ぱちん、と瑛は両手で頬を叩く。
「なんか考えるわ」
「ふーん?」
「こんなんで離れんの、イヤや」
「付きおうてもないくせに」
「せやけど両思いなんや」
「まぁな、そうみたいやな」
そこは認めてあげる。特別に。
「よっしゃ! なんか生きるパワーが湧いてきたわ!」
「なくなってたんかい」
「なくなるわんなもん」
瑛はケタケタ笑う。と同時に、エレベーターのドアががあっと開いた。
「とりあえず部活頑張るわ」
「部活なんかい」
「せや」
瑛は楽しげに言う。
「俺アメリカの大学行くわ」
「ほーん?」
バスケで? と駅までの通路を歩きながら聞くと頷いた。
「ほんでな、華連れてくわ」
「駆け落ちやんけ」
「? あー、そうやな」
瑛は笑う。
「駆け落ちたるわ」
「あーそー」
華ちゃんがそれを受け入れるかどうかはともかく、瑛が前向きなんはヨシということにしよう。
まだ何年もあるんやし、その間に状況は変わるのかもしれん……。
ところで華ちゃんは今日は塾もなくて、家にいてくれるらしい。
(かーさん喜ぶやろなぁ)
凹んどる華ちゃんも少しは元気出してくれるとええねんけど。
そんな訳で、夕方、仕事終わりにあたしは有名スイーツ片手に帰宅してた。
「ただいまぁ」
「あ、おかえりなさい」
キッチンで楽しげにかあさんと料理してる華ちゃんは、すっかり明るい声で笑った。
(元気そーやな?)
かあさんとチラリと目が合う。微笑まれた。おお、さすが5人子供育ててきただけあるなぁ。
「華ちゃんほらシュークリーム」
「わ、ここの美味しいやつ」
華ちゃんは小躍りして喜んでくれた。うう、可愛いなぁ。
そのあとはとーさん以外がぱらぱら帰宅してきて、今日の夕食は煮物に焼き魚。
瑛と華ちゃんはまだ少しよそよそしい感じするけど、まぁ、なんとかなるやろ。
「今晩もお世話になります」
「ずうっとおってくれてええんやで?」
あたしがそう言うと、華ちゃんは「いやぁ」と困ったように笑う。
「せやで」
瑛が言った。
「帰らんでずっとおったらええねん」
「……あは」
いつも通りっぽい瑛に、安心したように華ちゃんは笑った。
今日も華ちゃんはあたしの部屋に布団をしいて寝てもらう。
「華ちゃん帰ってまうの、寂しいわ」
「ありがとうございました、楽しかったです」
ふふ、と薄暗い部屋で華ちゃんは布団に包まりながら言う。
「なんか、前の家みたいで」
「前?」
聞き返しながら思い出す。前のとーさんの言葉。「被害者の娘さん」……ってことはお母さん亡くなってはんのやな。
(おばーちゃんと2人やいうてたっけ?)
あと親戚の子がおるとか。
「久々に、おかあさんと過ごした気持ちになりました」
ぽつり、と華ちゃんは言う。
「華ちゃん」
思わず呼んだけれど、帰ってきたのはすうすうという可愛らしい寝息だけ。
あたしはそっと華ちゃんのおでこを撫でた。
「おやすみ」