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セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する  作者: にしのムラサキ
【分岐】山ノ内瑛
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悪役令嬢は首を振る

ぱちぱち、と瞬きをしてから起き上がる。横のベッドでは、充希さんがすうすうと眠っている。

 カーテンの隙間からは、夏の早朝の気持ちよさそうな明かりが見える。

 起こさないように、そうっと部屋を出た。

 リビングでは、もうアキラくんのお父さんとお母さんがコーヒーを飲んでいた。


「あ、おはようございます」

「おはよ。眠れた?」


 お母さんがにこやかに聞いてくれる。お父さんは会釈して、また新聞に目を移した。


「あ、はい」


 私は頷く。泣き疲れて眠りました、とはなんだか気恥ずかしくて言えない。


「アキラ、下おるで」

「した?」


 私は聞き返す。


「うん。ここの中庭にな、バスケットのゴールがおいてあんねん。そこで遊んでるわ」

「へぇー」


 私は思わず感心して声を上げた。

 夏休み中、ほとんど毎日部活があるらしいアキラくんなのに、朝から自主練までしてるってことか、と思って。


「朝飯やー! って呼んでもらえる? よりによってスマホ忘れて行きよってん」


 苦い顔でお母さんは言った。私は笑う。さすがに30階から声を張り上げて呼ぶわけにはいかないだろうから。

 エレベーターで地上階まで降りる。


「中庭、中庭」


 エントランスの入り口と反対方向にガラス戸があって、そこから小さな広場のようなところが見えた。


「こっちかな」


 きい、と押し開けると、ボールが跳ねる音が聞こえた。植え込みの間を、そちらに向かう。

 アキラくんはボール片手に振り向いた。


「お、華。おはようさん、眠れたぁ?」

「う、うん」


 いつも通りのアキラくん。にかっと笑って「充希、イビキうるさなかった?」なんて言ってくる。


「イビキなんてかいてなかったと思うけど」


 私はベンチに座りながら答えた。


「ほんまぁ? たまーにうるさいねんな」


 そう言いながらアキラくんが放ったシュートは、綺麗にリングに収まった。


「おっしゃ、やっぱ俺天才やな」

「あは、じょーず」


 思わず拍手が出る。バスケのことは何も知らないけど、本当にキレイだと思う。


「すっごい練習したんだね」

「せやねん」


 アキラくんは口を尖らせた。


「実は俺、意外かもしれんけどな、天才ちゃうねん」

「ん?」

「そこは突っ込んでや、意外ってなんやねんって」

「あは、ごめん」


 思わず謝ると、アキラくんは「なんで謝んの」と笑った。


「でやな、せやから俺めっちゃ練習してん。自分で自分の身体思う通りに動かすんて、他の人は普通にできるんかもしれんけど、俺なんかやたらと難しいねん」

「ん? そうなの?」


 器用そうに見えるけど。


「や、他の人らのことはよう知らんけどもやな、少なくとも俺は思う通りに動かへんねん。せやからな、何十回も何百回も同じ動きしてやな、身体に覚えさすしかないねん、アホやから頭で考えるとか超苦手やしな」


 にかっと笑うアキラくん。


「でもお父さん検事さんでしょ? ほんとはアキラくんも頭いいんじゃないの」

「ん? あー、俺、養子やねん」

「え、あ、そうなの?」


 表情とか似ていたし、全然そんな感じしなかった。


「まぁ家族は似る言うしな、夫婦でも」

「あは、そだね」


 毎日見てる表情は似てくる。お母さんの笑顔と、アキラくんの笑顔が似てるのは、きっとそういうことだろう。


「あ、もしかして、だから私が入院してる時、ウチに来いって言ってくれたの?」

「せやねん。1人くらい増えても大丈夫やろこの家。知らんけど」

「あは」


 たしかに暖かく迎えてくれそうだ、なんて想像してしまう。


「でも多分、ウチの親は俺が知らん思うてると思うで」

「そなの?」

「小さい頃やったしなぁ、ほんまの親のこともあんま覚えてへん。父親はそもそも記憶にないわ」

「そっかー……」

「母親の方もなぁ、あれ何なんやろ。桜咲いてたんは覚えてんねんけどな」


 アキラくんは首をかしげる。


「なんやぎゅうっと抱きしめられて、耳元でずうっと"絶対ママが守ったるから大丈夫やで"って何回も言うてたんや」

「ふうん?」

「つか俺、ママ言うててんな」

「あんまぽくないよね」

「やろ? ほんでなぁ、その声がめっちゃ優しいねん、せやからまぁ生きてたら一回くらいは会ってみたいとは思ってるわ」


 はにかむように笑う。


「せやからなー、なんや俺もその時えらい安心した記憶あんねん。この人にぎゅっとされてたら安全みたいな? なんなんやろ」

「でもお母さんに抱きしめられたら安心するもんなんじゃない?」

「せやろなぁ、3歳かそんなくらいやったし。多分。まぁそんなんで、俺、桜好きやねんなぁ。その人の声とか匂いとか思い出すねん」


 顔は全然覚えてないねんけど、とアキラくんは笑う。


「華、同情した?」

「ううん、何か大変だったのかなぁとは思うけど」

「はっは、俺、華のそういうとこ好きや」


 アキラくんは軽くそう言って、昨日のことは嘘みたいだななんて思う。


(ほんとに夢だったりして)


 ……だったら恥ずかしいな、となんとなく思う。ふと、影がさした。見上げると、アキラくんが笑っている。でもちょっと違う笑い方で。


「……夢ちゃうで?」

「え」

「華は分かりやすいなぁ」


 アキラくんは屈んで、目線を合わせてきた。


「えっと、その」


 私は赤くなって目線をそらす。


(ど。どういう意味だろ)


 どういう意味も、なにも。わかってる。さすがに、わかってる。


 ふ、とアキラくんは笑った。


「ええねん、ゆっくりで」

「……うん」

「でも一応言うとくな? 華、好き」


 目線をしっかり合わせて言われる。


「めっちゃ好き。大好き」


 私は息を飲む。

 それから、ゆるゆると、首を振った。


 そうするしか、できなかったから。

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