悪役令嬢は夢を見る
恋なんか、もうまっぴらだと思っていたのに。
好き、と言われたら好きになっちゃう残念な性格のせいで、私は前世で散々な目にあってきた。
(だから、もう、恋愛にうつつを抜かすなんてしないで)
そう思っていた。
悪役令嬢お約束の「破滅」だって回避して、とにかく穏やかに、波風立てず、安定的に生きていけたらいいなって、そんなふうに。
(なのに)
ぎゅう、と胸が痛い。
私は充希さんの部屋に布団を敷かせてもらっていて、その布団の中で胸を抑える。
充希さんは隣のベッドで、すうすうと寝息を立てていた。
押さえているどきどきと心臓が、変な動きをしてるような気さえする。
(なんでだろう、なんで?)
なんで、アキラくんに。
(華「も」好き、って言われたから?)
も、ってことは。
アキラくん「も」ってこと、で。
(……違う)
私は自分の考えを否定した。もっと、もっと前から、私はアキラくんに恋してた。
多分、……病院で入院してた、あのとき、もうすでに。
(気がつかなかった)
ううん、気づかないようしてた。
自分が(中身の年齢と比べて)ものすごく年下の男の子に恋なんかするわけない、って。
そんなふうに。
自然と目頭が熱くなる。
(やだな)
泣きたくなんか、ないのに。
でも我慢しようとすればするほど、涙は溢れてきてしまって。
思わずしゃくり上げたとき、そっと背中に触れる手があった。
「どないしたん華ちゃん?」
充希さんの優しい声。
「なんかあった?」
「み、つき、さん」
私は涙の間から、なんとか声を出した。
「どっか痛い?」
心配げな声に、私はブンブンと首を振る。
「ち、違って」
私はぽろりと言葉を漏らす。
充希さんはさすが長女、みたいな頼れる雰囲気があって(アキラくんと13歳差ということは、前世の年齢的にはほぼ同世代なんだけれど)つい言葉を紡いでしまう。
「私、たぶん、……アキラくんのこと好きで」
「えっほんまに!?」
充希さんは嬉しげな声を出してくれる。
「わー、めっちゃ嬉しいわ、いやあのな、あのー、まぁそのうち本人が」
私はまた首を振って、充希さんの言葉を遮る。
「私、恋しちゃいけないんです」
「ん?」
「恋なんか、したら、いけないんです」
だって私には、許婚がいるんだから。
許婚の話が出たばかりのとき、樹くんとこんな話をしていた。
「他に好きな人ができたら考えよう」
だから私は、樹くんとの婚約はそんな感じの、なんならフランクなものだと思っていて……思い、こんでいて。
(でも、違うんだ)
だって、そんな簡単に破棄できる婚約からば、「ゲーム」において樹くんに蛇蝎の如く嫌われていた「悪役令嬢・華」はとっくの昔に婚約破棄されていたはずだから、だ。
(できてなかったってことは)
当人である私たちが考えるより、もっとずっと「常盤」と「鹿王院」の関係性において、私たちの婚約は必要不可欠なものなはず。
(だから)
私はまた涙が溢れてくるのを止められない。
「私は、恋なんかしたら、いけないんです……」
樹くんも、同じ立場なのに。私だけが、こんな悲劇のヒロインみたいな気持ちになっちゃいけないのに。
樹くんも、いま苦しんでるかもしれないのに……。
そんな話を、かいつまんで(もちろんゲームだの前世だのは伏せて)充希さんに話す。
「そんなこと、あるんや」
優しく私を撫でる充希さんの手。
「華ちゃん」
穏やかに、充希さんは続けてくれた。
「恋したらあかんなんて言うけどな、華ちゃんくらいの年齢の子は多かれ少なかれ恋するもんや。止めたりなんか、できひん」
薄暗い中、充希さんにしがみついて泣きながら、頷く。
「苦しいやろうけど、でも」
充希さんはやわやわと私の頭を撫でた。
「アキラなら、なんとかするような気がしてんねん」
その声を聞きながら、私はゆっくりと目を閉じる。泣き疲れていたのか、私はすうっと引き込まれるように眠っていた。
夢は、見なかった。