悪役令嬢とイジメの気配
夏休み突入直前、梅雨明けしたばかりのある日。
「ねぇこれほんとに梅雨明けたの!?」
ひよりちゃんはブツクサ言ってる。
「ジメジメでヤになっちゃう」
「わかるー」
「さすがに同意しますわ」
体育の授業へ向かうため、竜胆寺さんと、ひよりちゃんと廊下を歩いてて、そんな話になる。ずっと湿度に文句言ってる。言っても仕方ないんだけどさ!
それくらい、なんだかジメジメして気分も少しアンニュイだったりするのです。
「楽譜もしめるの」
「え、ほんとに?」
「ほんとほんと。そもそもね、……っと」
体育館から出てきた女子と、ひよりちゃんがぶつかる。
ぶつかった女の子は、無言でひよりちゃんを見ると、サッサと行ってしまった。
(か、感じ悪っ)
思わずそう思ってしまう。だって、なんだか……うがちすぎ、かもだけれど。
(わざと、じゃなかった?)
思わず眉をひそめてしまう。
「東城様ですね」
竜胆寺さんが目で追いながら、ふと呟く。
「……少々、性格が苛烈でらっしゃることで有名ですので、多分ご機嫌が麗しくなかったのかと」
か、苛烈?
「なんかさぁ、最近あの子……東城さんだっけ? よく校内で会うんだけど、いつもあんな感じ」
ひよりちゃんが肩をすくめた。
「嫌われてるっぽいんだよねー」
「え、ほんとに?」
私もさすがに眉をひそめ、そして考えていた。
もしかして、あの子が"いじめ"を起こすんじゃないかって。
(とりあえずは、千晶ちゃんに相談だ)
できることなら、未然に防ぎたい!
そんなこんなで、私と千晶ちゃんは放課後、駅近くのファストフード店で「悪役令嬢会議」を行っていた。
「なるほどねぇ」
千晶ちゃんは指でポテトを丁寧に摘みながら答える。
「あり得る、のかも」
「でも、どーしたらいいのかなぁ」
「思うに」
千晶ちゃんは、私を見て首を傾げた。
「華ちゃん頼みで、申し訳ないんだけれど」
「うん」
「ひよりちゃんが、華ちゃんの傘下にいることをアピールする、とか」
「……というと?」
「華ちゃんってさ」
少し言いにくそうに、千晶ちゃんは続ける。
「常盤コンツェルンのお嬢様、で……鹿王院の許婚、だから」
私は少し、息を飲む。そう、許婚。
「学園内では、正直、ヒエラルキートップなんじゃないかな」
「そ、そんなことないと」
「だって」
千晶ちゃんは言う。
「ゲームで、華ちゃんは実際それで、学園内で怖いもの無しだったんだから。それこそ、女王陛下、なんて揶揄されるほどに」
私は黙り込む。たしかに、その通りだ。
「……樹くんとの婚約は差し引いても、ひよりちゃんのバックに華ちゃんがいる、ってのを見せつけておくのは悪手ではないはず」
「そ、だね」
私は頷いた。ふと、そこで声をかけられる。
「あれ、華、鍋島サン」
振り向くと、そこにはアキラくんがいて。緑色のトレーには、期間限定のハンバーガーのセット。
「あれ、アキラくん?」
部活は? と首をかしげると、アキラくんは笑って「今日はミーティングだけやってん」と答えた。
「あ、どぞ」
勝手に千晶ちゃんが私の横の席を指差す。
「あ、ほな」
失礼しまーす、とアキラくんは笑って私の横に座る。ふと、肩が触れて私は大きくどきりと心臓が波打つのを感じた。
(や、なにこれ)
なにこれ、なんだっけ、こういうの。なんだっけ……?
(もう少しで分かりそうなのに)
なんだか思考が追いつかない。
私がそう思ったとき、窓の外から大きな音楽と、拡声器で音割れした男の人の声が響き渡る。
「選挙やっけ」
アキラくんが窓の外に目をやりながら、ハンバーガーにかぶりつく。
「や、これあれだね」
千晶ちゃんが、窓の外を見る。
「最近騒がしい新興宗教」
「あー、テレビでやってるやつやー」
アキラくんが少し眉をひそめて答えた。
「ワイドショーとかで。アヤシゲなシューキョーやろ?」
「え、なになに」
私も窓の外に目をやる。何せ、テレビのない環境にいるので、世間でなにが起きているのか少し疎いのです。
窓の外では、街宣車がゆっくりとしたスピードで走っていく。西洋風なような、お経のような、ちょっと不思議な音楽。
車に付けられた看板には「世界の終わりが近い」とおどろおどろしい赤文字で書かれていた。
「やだねー、ああいうの。不安煽って」
信じちゃダメだよ、と千晶ちゃんは言う。
(世界が終わる、かぁ)
なんだっけ、覚えがある。恐怖の大魔王が降りてくるってやつ。ええと、そうだ。
「あは、思い出した、ノストラダムスみたい」
「ノストラダムス?」
アキラくんが不思議そうにして、私は「えへへ」と曖昧に笑った。そうか、中学生、生まれてもないのか……!
(私、なんとなく覚えてるけど)
幼稚園だったかなぁ。お姉ちゃんに「もう世界が終わってみんな死ぬんだ」って随分と脅されたなぁ……。小さかったけれど、怖すぎて良く覚えてる。
(ていうか、この世界にもノストラダムス、いたのかな?)
歴史的な人物は共通してるけれど、と千晶ちゃんを見ると、軽く頷いてくれる。あ、良かった……良かったのかな? とりあえず、かの預言者かなんだか知らないオジサンはこの世界にもいたらしい。
不思議そうなアキラくんに、千晶ちゃんが説明してくれた。
「ノストラダムスの大予言っていう、世界が終わるだの終わらないだの、そういう噂があったんだよ、20世紀末に。中学生は知らないだろうけど。中学生は、生まれてもないから知らないだろうけど」
お、オカルト好きな子とかは知ってるかもじゃん! と千晶ちゃんを軽くにらむ。なんだよもう、中身は同じくらいな癖してさ! アラサーいじりしなくたって!
「へー」
アキラくんは首をかしげる。
「信じてどないすんやろ、そんなの」
「さぁ、……分からないけど、彼らは」
千晶ちゃんはちらり、と窓の外を見遣る。少しずつ遠ざかる音楽。
「死にたくなければ、ウチの宗教に入りなさい、ってことみたい。自分たちではキリスト教……、カトリックを名乗ってはいるらしいけど、もちろんバチカンは認めてない」
それから千晶ちゃんは少し皮肉っぽく、笑う。
「それに自称、隠れキリシタンの末裔とか言ってるけど、そもそも創設が最近っていう、ね。隠れるも何もないよね」
「へえ、長崎とかの? ほんまかもやで?」
「ほんとの潜伏キリシタンの方のやり方とは全然違うから別物だよ。あそこは騙ってるだけ」
「ダメやん」
「ダメなの、カルトだからね、興味持ったらダメ。気をつけて。華ちゃんも」
「わ、私も? 大丈夫だよ」
中身は大人だっつーの、……ってこういうのあんまり大人子供関係ないのかな?
「どうかな、騙されやすそうだから」
「失礼な……」
「ほんまやな、華は気ぃつけてや」
「アキラくんまで!」
私は憮然とした表情のまま、ハンバーガーにかぶりつく。まったくもう、私は案外あれですよ、しっかりした成人だったんですよ!?