悪役令嬢、赤面する
掲げられた白いハチマキに、またも、応援席から大きな歓声。
私も拍手して、隣に座ってたひよりちゃんとハイタッチをした……けど。
「わ」
「うわ、痛そ」
応援席にざわめきが広がる。
アキラくんの背中は、すっかり血だらけで。かすり傷だろうと思うけど、相当痛そうだ。
「……アキラくん」
私は呆然と呟く。
(私と約束したから)
かっこいいとこ見せる、大将首とってくるーー、約束。
……無理をさせたのかもしれない。
(中学生に、あんな、けがを)
なんだか責任を感じて、ぎゅう、とジャージの胸を掴む。
「華ちゃん、行ってあげたら」
ひよりちゃんがポツリと言った。
「あ。え?」
「ちゃんとカッコよかったよね、山ノ内くん。いってあげなよ、ついでに水で洗うの手伝ってあげたら? 背中だし」
「え、でも」
「華ちゃんが行ったら、喜ぶと思うよ」
楽しげに、微笑まれた。
(? たしかに仲はいいけど……あ)
かっこいいとこ見せる、って言ってたの、聞いてたのかな。
(だね。せめて責任は取らねば)
私は頷いて、応援席を飛び出した。竜胆寺さんが、少しだけ何か言いたそうな顔をして私を見ていたけれどーーでも、ケガだし。心配、だし。
しばらく探し回って、私は校舎裏の水道で、アキラくんを発見した。
「よ、華」
「よう、じゃないよー! 背中っ」
「いや、俺見られへんからさぁ、痛いのは痛いねんけど」
あはは、といつも通り快活なアキラくん。
「えー、これ、どうやって洗う? 砂付いてるし」
「ほっとこか」
「ダメ! バイキンはいる!」
アキラくんは仕方なさそうに肩をすくめ、「華、ちょおさがっててな?」と言って蛇口を上に向ける。そして、思いっきり水道の水を全身で浴びた。
「きゃぁぁあ風邪引くよ!?」
ハーフパンツもべしょべしょだ。
「乾くやろ、そのうち」
「乾かないよ、もうあと3年男子のクラスリレーで閉会式だよ」
「まぁええやん」
アキラくんは笑って、水道を止めた。
「背中、砂取れとる?」
「あ、うん」
近づいて傷を確認する。
「見る感じは」
まだ血が滲んでいて、ひどく痛々しい。
「……ごめんね」
「ん?」
アキラくんは振り向く。
「私と約束したから。その、無理した?」
「した」
そ、即答。
「ごめんね?」
「や、俺が勝手にした約束やし。つか、華と約束なんかしてなくても、無理してた」
「……?」
「良いとこ見せたいに決まっとるやん」
「そうなの?」
私は首をかしげる。
(男の子だもん、カッコつけたいのかな)
体育祭だもんねぇ。
「だから、華のせいちゃうで」
そう言って私の髪に触れようとして、手が濡れていることに気がついたのか、そっと引いた。
「撫でて」
「は?」
「なんとなく」
なんだか嫌だった。何が? それははっきりしないけれど、触れて欲しかった。ただ、きみに。
「……ん」
少しだけ遠慮気味に、アキラくんはそっと私の髪に触れた。すこしだけ、触れるだけ。
私はそっと、目を伏せた。
「……ん」
少しだけ遠慮気味に、アキラくんはそっと私の髪に触れた。すこしだけ、触れるだけ。
私はそっと、目を伏せた。
そこで、やっっと私は気がつく。今の状況に。
(はははは裸)
いやもちろん、上半身だけなんだけど。
(どどどどどどうしよ)
唐突に羞恥心が襲ってくる。多分、いますごく顔が赤い。
「華?」
「ごっごめん、あのねそのね、何でもないんだけどっ」
「何でもないことあらへん、顔真っ赤やで? 熱? 熱中症?」
「ないない、ないの、ただね、ほら上半身裸だから」
私は何を口走っているんだ。大人なのに。
「は? 俺が?」
「……うん、ごめん」
この際だから謝っておこう。
「なんか、なんかね、照れちゃって」
「男やで?」
いや、そりゃそうなんだけどさぁ!
「見慣れへん? 授業でプールとかもあったやろ」
「や、違くて、あの。……アキラくん、だけ」
そうなのです。どうやら、アキラくんの、だけ。他の男子はなんてことなかった。プールでも、さっきの騎馬戦でも。
「俺だけ?」
静かに、アキラくんは問い返す。
「だっからね、見ないようにしてるんだけどっ」
言い訳しながら「ヤバイな」と思う。なんか、私、気持ち悪いよね!?