悪役令嬢と体育祭
なんだかドキドキしてる気持ちをごまかすように、私は千晶ちゃんに圭くんを紹介した。
(初対面感を出さなきゃなのが大変だよね)
思わず苦笑してしまう。千晶ちゃん完全に挙動不審。
「ええと、親戚の子で、一緒に暮らしてる常盤圭くん」
圭くんは不思議そうに、千晶ちゃんを見つめた。長い睫毛をぱちぱちとして……。
千晶ちゃんはぺこっと頭を下げて「鍋島千晶です」と小さく言った。頬、真っ赤。千晶ちゃん、色々ばれるって!
「ええと?」
圭くんはきょとんとしてる。「で?」って感じで……そりゃそーだ、いきなり姉(というか、なんというか)の友達紹介されてもなぁ。
「あの、わたし。常盤さんの作品、好きで」
「あ、とーさんの?」
圭くんは嬉しそうに言った。
「が、画集とか持ってて」
もじもじと千晶ちゃんは言う。
「圭くんの作品も見てるよ。お父さんがネットにあげてたやつとか」
「えー、やだな。割とあの人勝手に上げたりするからさ」
圭くんはそう言ってるけど、少し嬉しげ。わたしは思わずにまにましてしまう。うん、なんか甘酸っぱいですよ!
「ええと、体育祭応援してるね」
「ありがとー。でも気が重い」
圭くんは少し大人っぽいそぶりで肩をすくめた。
「今から騎馬戦あんの」
むう、とした顔で圭くんは口を尖らせる。
「え、そうなの?」
去年は無かったけど、と言うと今年の二年生かららしい。組体操が無くなったので、その代わりに試験的に導入とのこと。
……どっちにしろ危なくない? とは思うけれど、組体操よりはいいのかな。
「へー、頑張ってね」
笑って圭くんの頭を撫でた。拗ね顔まで可愛いったら。……しまった、千晶ちゃんが羨ましそうな顔をしてる。
「やだよあんな野蛮な競技」
おれはサッサと退場します自主的に降参します、と圭くんは両手を上げた。
「そーんなことさせるかい常盤」
ふ、と背後から声をかけてきたのはアキラくんだった。
「聞いてたの山ノ内」
「なに自分から負けようとしてんねん、気合い見せんかい。副将やろ」
副将なのか! 思わず圭くんを見るけど相変わらずの嫌そうな顔。好きでなったわけじゃなさそうだなぁ。
「やだよー……山ノ内が頑張って」
大将なんだから、と圭くんは呟く。
仲良さげな様子に、思わず「あれ、友達?」と声をかけた。圭くんは不思議そうにアキラくんを見て、私を見て「むしろ二人が友達?」と首を傾げた。
「おれと山ノ内は、同じクラスなんだけど」
「あ、そーなの」
私は頷いて、アキラくんとは入院仲間なんだって話をする。
「ふーん、縁もあるもんだねぇ。じゃ、おれ」
「逃すか」
アキラくんは圭くんの腕を掴んでにこりと笑う。圭くんは嫌そうな顔をするけれど、本気で嫌なわけじゃないみたいだった。
「ほんならな」
にこり、と笑って行こうとするアキラくんに、思わず声をかける。
「あ、アキラくん」
「ん?」
何? と振り向くアキラくんに、小さく「アキラくんも、その、騎馬戦頑張ってね」と声をかけた。
いや、別にアキラくん個人じゃなくて! 同じ赤組だから!
「……おう」
アキラくんは笑って、それから私のそばまで来て、少しだけ声を潜める。
「かっこいーとこ、見せたるわ」
「へっ」
「大将首とってくるな」
思わず顔を上げた私に、にかっと笑って、それからアキラくんは圭くんと歩いて行ってしまった。
すこしだけ、ほうっとしてその後ろ姿を眺めた。少しずつ少しずつ、私より大きくなっていくその背中を。
今回の騎馬戦ルールは、良くある騎馬戦のルールだとおもう。
ハチマキを取られたらダメで、制限時間あり。残った騎馬数が多い方が勝ち。ただし大将がハチマキを取られたらその時点で負け。2人いる副将が2人とも取られても、負け。片方ならセーフ、らしい。
(アキラくん、プレッシャーじゃないかな)
目をやると、なんだか楽しそうにはしゃいでいる。テンション上がってる感じ。
(……楽しそうでなにより)
ていうか、なんか、なんていうか。
(上半身裸だー!)
いや、別にだから何ってことは! ないんだけれど! なんか! 照れる!
ひとりで赤くなったり青くなったりしてる私を、ひよりちゃんが不思議そうに見ていて慌てて顔を引き締める。なに中学生の腹筋で照れてるの私!?
やがて、競技が始まった。
(頑張ってっ)
中学生とはいえ、騎馬戦、なかなか迫力がある。
「あ、副将とられたっ」
宣言通り、圭くんはあまり抵抗しなかった。単純に手をケガしたくないんだな、と今頃気がつく。あの子は絵が好きだから。
「負けんなよ!」
男子から応援の声が飛び、アキラくんはチラッとこちらをみて笑った。
「山ノ内、なんかヨユーだな」
「イケメン腹立つな」
男子たちは笑いながら応援を続ける。アキラくん有名人だからなぁ。
「がんばれー!」
観覧席から、千晶ちゃんも声を張り上げていた。
(結構白熱してる!)
これはなかなか、手に汗握る展開なんじゃないでしょうか、……!
全体的な数を見ると、なんとなく赤組は不利な雰囲気だ。
「わ、山ノ内、一騎打ちじゃんっ」
「がんばれ!」
アキラくんは白組の大将と一騎打ち、という展開にまで持ち込んだらしい。ほんとに大将首(はちまき?)狙いに行くとは!
(これ取ったら、逆転だ!)
息を飲んで見つめる。
じりじり、と彼らは距離を詰めていく。
「アキラくんっ、頑張って!」
緊張のあまり何も言えていなかったけど、やっとなんとか大声が出せた。
アキラくんは口だけで笑って、その瞬間、相手の大将がふっと手を伸ばした。それを片手で払って、サッとハチマキを取る。歓声が上がった。
「うわ」
「わっ」
周りから悲鳴のような声が上がって、私も口を押さえた。
白組の大将が、ハチマキを取られた弾みにバランスを失って、アキラくんを巻き込むように落下する。
と、同時に太鼓が鳴る。
「赤の勝ち!」
体育委員が叫んで、アキラくんも立ち上がり、相手の白いハチマキを大きく掲げた。