体育祭
6月、ギリギリ梅雨入り前の晴天の下。
「晴れたかぁ」
「雨が良かったの?」
きょとんとした、ひよりちゃんの不思議そうな声。私は苦笑いした。いやぁ、そりゃ、楽しいけどさ。
今日は体育祭。
雨天順延で、平日開催となった今年は、保護者の姿もちょっと少ない。
(敦子さんも仕事だし、ちょっとさみしい。お弁当も給食になっちゃったし)
美味しかったけど。完食、おかわりまでして文句は言ってはいけない。
(けどけどっ、八重子さんの唐揚げっ)
食べたかったなぁ。
そして晴天ということは、日焼け間違いなし。すでにヒリヒリしている。
それに、私、というか、華の身体は運動苦手でこそないけれど、アラサー精神的にはまる1日土ボコリ舞う運動場にいる、というのがなぁ。
(けっこう、疲れちゃうんだよなぁ)
この学校、芝生のグラウンドもあるからそっちでしてくれればいいのに……ってのはワガママかなぁ。芝生荒れちゃうからダメなのかなぁ。
そんな体育会の、午後の競技が始まってすぐ、お手洗いに行って戻ってこようとしていた時だ。
人気のない校舎裏を通りかかった時、ぽん、と背中を叩かれて振り向くと、ぷにりとほっぺに指が突き刺さった。
「よ」
「アキラくん」
「頑張ってたやん、さっき」
さっき、っていうのは多分玉入れ。
「あのさぁ」
「ん?」
「……一個も入んなかったんだけど」
口をとがらせた私に、アキラくんは、私の髪を撫でてぐちゃぐちゃにしながら笑う。
「ええやん参加することに意義があんねん、あんなん」
「いやせっかくだしさぁ、ってもう!」
私はくすぐったくて笑う。
「ハチマキずれちゃう」
「華さぁ、ハチマキ似合うよな」
「ハチマキに似合う似合わないあるの?」
「あるんちゃう?」
責任者取って付け直したるわ、とアキラくんは嘯いて、丁寧に私の髪にサラリと触れる。キレイにハチマキを結び直してくれた。おでこじゃなくて、カチューシャ風。赤組なので、赤いハチマキだ。
「……上手だね?」
「器用なんや俺は」
アキラくんが満足げに私を見てーーその次の瞬間、私は誰かに腕を取られた。
「?」
「設楽様」
竜胆寺さんだった。
「どうしたの、竜胆寺さん」
竜胆寺さんは無言でアキラくんを見ている。
「?」
「山ノ内さん」
竜胆寺さんは淡々という。
「立場を弁えたほうが、よろしいかと」
「立場?」
聞き返したのは、私。
「設楽様も、ですわ……設楽様には、許婚がおられるのですから」
そう言われると、なんでか胸が重くなる。
(確かに。そういう立場で他の人と仲良くしてるのはダメなのかもだけど)
でも、アキラくんは友達なのにーー。
思わず俯いた。樹くんは何も悪くないのに、ね。でも、私は……樹くんもだけど。
(恋もできない)
そんなことを考えて、はたと気がつく。別に出来なくたっていいじゃないか、私は「オトナ」なんだから。
アキラくんは少し笑って、飄々とした足取りでグラウンドへ向かって行った。
私のことなんか気にもしてない、そぶりで。
ぐっと息が詰まる。
「行きましょう、設楽様」
「……うん」
人波の間から、運動場へ2人して目線をやる。
「いまから男子の100メートル走でしょうか」
「みたいだね」
気を取り直してグラウンドを見つめる。一年生の男の子たちが走っていた。
(……ってことは、次二年生か)
「あ、ほら、圭様」
言われてグラウンドを見ていると、待機の列に二年生が並び始めていた。……アキラくんも。
さっき触れられたところが、なんだかあったかい、ような。
「……戻りましょう? 設楽様」
「うん」
私たちは応援席に戻る。ひよりちゃんが笑いながら「千晶ちゃん来てたよ!」と教えてくれた。
「おー」
私は思わずニヤリとしてしまう。千晶ちゃん、ほんとに圭くん見に来たんだ。
ちら、と二年生の列に目をやると、圭くんは「全力でダルいです」という表情で列に並んでいた。……うん、運動が好きな感じではないよなぁ。
やがて一年生が終了。二年生の100メートル走が始まる。アキラくんより先に圭くんが走る。千晶ちゃんは手に汗握る、という表情で手を組んで見つめている。
(あは)
私は少し笑う。あとで紹介してあげなきゃだなこれは。一生懸命応援してくれたんだよ、って伝えなきゃ。
ばあん、という号砲。4人1組で走るかんじだ。
4人が同時にスタートして、……あれ、案外と圭くん速いじゃん!
千晶ちゃんはキラキラした目で見つめている。圭くんはギリギリ1位でゴールした。歓声が上がる。圭くんは淡々と、1位の列に並んだ。千晶ちゃんは卒倒しそう。
すぐにアキラくんの番。
じっ、と見ていると竜胆寺さんの視線を感じた。
「な、なに?」
「いいえ?」
竜胆寺さんはすっと目線を逸らす。
ばあん、と号砲が鳴った。思わず胸の前で手を組む。
(速い!)
アキラくんはぐんぐんと他の3人に差をつけて、あっという間に白いゴールテープに飛び込んだ。
友達に声をかけられて笑顔で答えてるアキラくん。きらりと汗が光った。
呆然と見つめる。なんか、身体が痺れたみたいに、アキラくんから目を逸らせなかった。