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セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する  作者: にしのムラサキ
【分岐】鹿王院樹
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☆転校生(side樹)

 大友の件、結局、裁判にはならなかった。弁護士の先生が連絡を取った時点で、彼女たちの保護者たちが泡を食って大友に謝罪したきたから、だ。


「大げさにするつもりはないんだって」


 華は言う。


「本人が謝ってくれたからおっけーみたい。ひよりちゃん、心広すぎ」


 それでもまだ心配そうだった(絶対あれ反省してないもん! とのことだ)ので、先生と相談して念書を作成してもらった。今後絶対に大友に危害を加えない、という念書だ。

 当面はこれで大丈夫だろう、と思っていると妙なトラブルが起きた。華にではない。俺にだ。華にも関係ある、といえばある、のだが。


(なんの因縁があって華にいちゃもんを付けるんだろう、こいつは)


 特進クラスに編入してきた、女子。話しかけられて、ややあって、横浜のカフェで遭遇した人物だと気がついた。

 しかし度々遭遇するのは何故だろう。そんな偶然はいらない。

 特進クラスに奨学生扱いで編入するくらいだから、相当成績はいいはずだ。だが、少々……妄想が過ぎる、と思う。


「だ、だから鹿王院くんっ、騙されてるんだよっ」

「……」


 部活の練習場まできて、フェンス越しに「説得」しようとしてくる。

 もう無視を決め込むことにしていて、飽きるのを待っている状態だ。何を言っても暖簾に腕押し状態で、俺だけではなく周りも呆れさせている。

 華本人に何かされないなら、できるだけ穏便に済ませたい。


「る、瑠璃はねっ、きっと悪役令嬢を懲らしめるために記憶を戻されたのっ」


 だが、前世だの、記憶だの、俺には理解不能な話を延々とされて、ほとほと困り果てていた。


「あのう、石宮さん? 見学ならあっちで」


 マネージャーが声をかけるが、石宮は聞く耳を持たない。


「も、もう練習終わりでしょ?」

「でも、」


 困り果てるマネージャーに俺は肩をすくめた。


「俺から言うから大丈夫だ。すまない、手を煩わせた」

「ううん、いいんだけど……」


 マネージャーはチラチラ心配そうに振り返りながら業務に戻る。俺はひとつ、ため息をついて石宮に向き直った。


「石宮」

「な、なぁにっ」

「練習中は困る」

「も、もう終わりでしょ?」

「まだストレッチなどが残っている」

「じゃあ、い、いつならいいの」

「いつでも困る」

「でも、る、瑠璃、鹿王院くんのためにっ、ろ、鹿王院くん、騙されてるからっ」


 何が騙されている、だ。さすがに、眉間にシワが寄ったのが分かる。

 一度強く言わなくては、と思っていると、石宮はとんでもないことを言い出した。


「し、設楽華は松影ルナを殺したんですよっ」

「……は?」


 知らず、低い声になる。


(松影ルナ、……華を誘拐させた、あの?)


「る、ルナちゃんと学校が同じだった、って子から、聞きましたっ。設楽華は、ルナちゃんとトラブルになってたって。ルナちゃんは、設楽華を許さないって、何度も言ってたって」


 石宮はいかにも「一生懸命です」という顔をして喋り続ける。


(トラブル、とは塾の一件の後、か?)


「調べたところによりますとっ、ルナちゃんが家からいなくなったのは、夜8時前後っ。設楽華はそれくらいの時間にルナちゃんを呼び出して、海へ行き、そして殺したんだわ! そして久保とかいう人も殺して、罪をなすりつけた! そうに違いない、んですっ」


 さすがに華の殺人犯扱いに耐えかね、俺は口を出す。


「何を勘違いしているか分からないが……、華は夜、外に出られない」

「?」

「精神的なことで、だ」


 なんとか感情を抑える。怒鳴りつけたいのは山々だが。


「なるほどっ」


 瑠璃は頷いた。


「それは演技ですねっ、そう言う、アリバイ工作だと思われますっ」


 俺は目を見開く。

 華が、どれだけ暗い屋外を恐れているか。それを克服するために頑張っているのか。夕方でも日が出てるうちなら外に居られるようになったよ、と笑う華が、どれだけいじらしいのか、コイツは知らない。


(すべて想像だ)


 いや、妄想だ。それだけで、こいつは華に対する中傷を繰り返している。


「……ひとつ、言っておこう」

「なんですか」


 自信満々な瞳。


「華にアリバイ工作も何も必要ない。その日、華は俺と一緒にいた。一晩、だ」

「……え?」


 ぽかん、とする石宮。


「分かったらさっさと行け。俺は忙しい。女子を怒鳴りつける趣味はないが、俺にだって限度というものがある」


 俺はフェンスをがしゃん! と少し強く掴む。


「最愛の人を人殺し扱いされて、黙っていられるような冷静な人間じゃないんだ、俺は」


 石宮は目を見開いて、ぷるぷると震えた。


「め、目を覚ましてくださ」


 その言葉を無視して、俺は踵を返す。もうコイツの言葉に耳を貸す気はない。

 石宮はそれでもフェンス越しに何かを叫んでいた。


 帰宅すると、華が俺の部屋にいた。というか、寝ていた。恐らく魚を見に来て、そのまま眠くなったのだろうとは思う。


(警戒心が無さすぎる)


 俺だって我慢しているのだ、色々。タガが外れるのが怖くて、触れるのだって遠慮気味なのに、どうしてこう、この可愛い人は。

 そっと髪に触れ、キスを落とす。


(もし、)


 俺は考える。石宮が華に手を出したら、華にあんな下らない妄想の話を聞かせたら、きっと俺は容赦しない。


「ん、」

「華」


 薄く目を開ける華に、俺は微笑みかける。


「あれ? おかえり」

「ただいま」


 たったこれだけのことで、俺は幸せになれるのに。「ただいま」と言える幸せ。


「魚を見に来ていたのか?」

「うん、そうそう。でもね、なんかこのモーター音、眠くなっちゃうんだよねぇ」


 ふぁ、とあくびをする華の手を、そっと握りしめる。


「ん、い、樹くん?」

「すまない、少しだけ」


 絶対にこのひとを傷つけさせない、そう決めた。今の話ではない。ずっと前から、そう決めていた。

 しかし、後から思えばもっと俺は石宮を警戒するべきだったのだ。あの女の行動力は、俺の想像の上を行っていたのだから。

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