悪役令嬢は頭を撫でる
東城さんの取り巻きさんたちが「え、鹿王院くん?」とざわつく。
(話し方的に、青百合組の子たちじゃなさそう)
同じ部活とか、委員会の子たちなのかな?
彼女たちが前髪を直したりしてしまっているのは、イケメンを前にしてつい無意識にしてしまう行動なのだろうか……。
彼女たちのことは一切意に介さず、樹くんは続けた。
「まぁ、華らしいが」
「……あは?」
笑って返すと、樹くんは東城さんにスマホを示した。
「証拠とはこれでいいか?」
樹くんがスマホで録画していた一部始終の再生ボタンを押す。
"あそこにあるリップ。とってきてくださる?"
"や、やだ"
"ちゃんとしなかったら"
動画はもう一つ。
"でも、この場合は。ひより様が悪いのですわ。あたくしを苛つかせたのだから、それは償ってもらわなくては"
こっちはばっちり顔も映っている。
「鹿王院様? 勝手に録画だなんて、盗撮ではございませんこと?」
「知るか」
樹くんは東城さんたちを見下ろして言った。
「盗撮だろうがなんだろうが、これが証拠なのは変わらんだろう」
「東城さんっ、証拠っ、あったよっ」
樹くんのスマホを指差した。
「証拠、あるんだけどっ」
「だから何、ですの?」
ふ、と東城さんは不敵に笑う。
「先生にでも言いつけになる?」
東城さんが怯んだのは本当に一瞬で、すぐに態勢を立て直してきた。
「ですから、わたくしたち、とおっても仲良しですの。ふざけてただけ、ですわ」
ねー、ひよりちゃん、と言い添える東城さん。
「仲良しなオトモダチ同士のおふざけの、ちょっとしたスパイス? そんな感じ? よろしいですか、鹿王院様」
東城さんがキツく樹くんを睨む。
「鹿王院様とて、やっていいことと悪いことがございますわ。いちいち部外者が、女子の仲良し同士のお遊びに首を突っ込まないでくださる?」
きっ、と樹くんを睨みあげる東城さん。それを樹くんは冷たい目で見ながら、口を開く。
「俺は門外漢だから、詳しいことは分からんが、オフザケだろうが何だろうが、こういった行動は法に触れるのではないか? それがオフザケで済まされるものなのかは、裁判官に判断してもらおう」
「裁判……、え?」
ぽかん、と樹くんを見上げる東城さん。
「うちで懇意にしている弁護士の先生がいる。相談してみよう」
「え? は? そんな大事にする問題ですの? これ。は、門前払いですわよ」
バカにするように笑う東城さんだけど、少し引きつっている。取り巻きさんたちに至っては、お互いに不安そうに顔を見合わせていた。
「相手にされないかどうか、それはお前が決めることではない」
樹くんは冷たく言う。
「では、後は弁護士を通して連絡する。行こう、華。それから、大友」
「え、あ、はい」
きょとん、とひよりちゃんは返事をする。
「華の友達なら、俺の身内だ。いいか」
樹くんは東城さんを軽く睨む。
「俺は身内に手を出されたら容赦せん。覚えておけ」
そして私の手を取り、さっさと歩き出す。私はひよりちゃんと手を繋いでいるので、私を真ん中に3人で仲良くおてて繋いで、みたいになってしまった。
「なんだこれ」
私が思わず呟くと、ひよりちゃんは「て、いうか」と言って立ち止まった。私たちは手を離す。
「ひよりちゃん?」
顔を覗き込んで名前を呼ぶ。
「は、華ちゃん」
ひよりちゃんはぽろり、と泣き出した。
「ありがとうぅ~、こ、怖かったの」
「ひよりちゃん」
私はひよりちゃんをぎゅうっと抱きしめる。
(怖かったよね)
怖かったに決まってる。あんな悪意には、初めて触れたのだろう。
「もう大丈夫だよ」
私、結局何もしてないけどね……、神様仏様樹様、というか、弁護士様?
樹くんのことだから、今日中にでも連絡を取ってくれるだろう。
ぽんぽん、とひよりちゃんの頭を撫でる。大丈夫大丈夫、と言いながら。
歩いて行く人たちがジロジロと見るけれど、気にならない。それより、ひよりちゃんのケアの方が大事。
樹くんが、少し移動して人目にあまりつかないように盾になってくれた。
「でも、助けてって言って欲しかったな」
優しく言うと、ひよりちゃんはまたポロポロと泣いた。
「う、うん、ごめん」
「何かあったら絶対に言って」
「う、うん」
しゃくりあげながら返事をしてくれて、私はほんの少しだけ安心する。
まだ何も終わっていないのだけれど、とりあえずは、ね。