悪役令嬢は宣戦布告する
私の言葉に、樹くんはすこし眉間にしわを寄せてスマホを示した。
「これを」
「動画?」
「とっさで、うまく撮れなかったのだが。音声は入っていると思う」
言われた通りに動画を見ると、東城さんがニヤニヤと笑っている。ひよりちゃんは、顔を青くして、俯いていた。
動いているから、はっきりは映っていないけれど……。
"あそこにあるリップ。とってきて"
"……やだ"
"ちゃんとしなかったら、……そうねぇ"
"え"
"設楽様ってね、ぽーっとしてるし、いじめがいありそう"
"や、やめて"
私は目を見開いた。
まさか、私をダシにしてるだなんて!
「この店は防犯タグが付いていたので、諦めたようだ。別のところに移動すると言っていた」
確かにお店から、東城さんはひよりちゃんを引きずるように出てきた。その後を、東城さんの取り巻きが続く。
「……許せない」
「どうする」
「決まってるでしょ」
私は樹くんを見上げる。
「ぶっ潰ス」
「ふ」
なぜか樹くんは吹き出した。
「なるほど、手伝おう」
「ありがとう」
「礼など」
樹くんは笑った。
「華の役に立てたらそれで嬉しい、俺は」
相変わらず優しいなぁ、と私は頷いて、早足で東城さんとひよりちゃん達を追いかける。
追いついて、東城さんの腕を掴んだ。
「ねぇ、私の友達に何してくれてんのよ」
「……は?」
「は、華ちゃん!?」
振り向いた東城さんは思いっきり顔をしかめて、ひよりちゃんは驚いた顔で。
私は東城さんから、ひよりちゃんを奪い返す。
「全部聞いてたからね!?」
「あは」
東城さんはニヤニヤと笑う。
「聞いていた。聞いていた、ねぇ」
とても優雅に、首を傾げた。
「だからなんですの?」
「え」
「証拠はおあり? あたくしたち、ふざけてただけですのよ」
くすくす、と笑う東城さんたち。
「ふざけてただけだよね、ね?」
東城さんの取り巻きが、目から笑みを消して冷たい目でひよりちゃんを見る。口元にだけは笑みを浮かべて、首を傾げた。
「ね、ひーよーりー、ちゃん?」
ひよりちゃんは、びくりと肩をゆらした。
(この子達)
私は、ひよりちゃんの手をぎゅっと握って、じっと彼女達を見つめる。
(こういうの、慣れてるんだ)
ゾッとした。この子達にとって、こんなのは遊びの一環でしかない。
前世でもこういうタイプの子いたけど、ここまで振り切れてた子はいなかった。
「自分のやってることが最低だとは思わないの?」
「え? あはは、思いませんわ」
東城さんは笑う。
「あたくしね、苛ついたのです」
「は?」
「例えばですが」
東城さんはすこし微笑んで話し出した。
「ドラマなどで、主人公がイジメや不遇な環境におかれることはあります。それはあたくしも可愛そうだなって思いますわ。だって主人公は悪くないではないですか」
私は眉をひそめた。
(一体、なんの話を)
「でも、この場合は。ひより様が悪いのですわ。あたくしを苛つかせたのだから、それは償ってもらわなくては」
「と、東城さんっ」
ひよりちゃんは半泣きで言う。
「わたし、何かした……?」
「はー? え、そういうとこ、ですわよ?」
くすくす、と取り巻きさんたちも笑う。
「そーそー、なんか、そういうとこ、何となくムカつく」
「なんとなくでヒトの友達に手ェ出さないでくれる!?」
私が強く言うと東城さんは怯まず睨み返してくる。
「設楽様は部外者ですわよね? 首突っ込んで来ないでくださる?」
「部外者!? 友達だよ! 当事者だよ」
「あら、そーう? じゃあ設楽様にも同じ目にあってもらうけど」
「好きにしたら! 私はそんなことで潰れない」
アラサーなめんなよ、こちとら少しは大人なんだぞ中身だけは!
「へぇ? どうかしら?」
東城さんは酷薄に笑う。
「あとで泣いて謝っても知りませんわよ」
「やってみなさいよ」
私は胸を張ってみせる。そして、手を胸にあてて言い放った。
「潰せるもんなら、潰してみなさい! 正々堂々、受けて立つわよ」
ふん、と鼻息荒く口を真一文字に結んでいると、頭に軽い衝撃があった。
「わ」
「潰されては困るな、俺の許婚が」
樹くんだった。手の形的に、多分軽くチョップされた。
「黙ってみていたら、全く」
呆れた顔で、少し笑われて、私は少しだけその表情にきゅんとしてしまった。