悪役令嬢はフリでも嬉しい
「……夢」
私は自分の部屋の布団の上、ぽかんと宙を見つめた。
(うわああまた見ちゃったよっ)
あの日、樹くんの家に泊まっていたとき熱を出した、あの日に見た夢。
思い返してしまうのか何なのか、時々夢に出てきてしまう。うう、恥ずかしい……
夏も終わり、二学期が始まってしばらく経っているっていうのに、未だに!
(できるだけ樹くんと顔合わせたくない)
会いたいのは会いたいのです。毎日でも見てたい、っていうかおなじ学校だから嫌でも目につく。
樹くんは元々目立つひとだし、それに意識してからは余計に目をやるようになってしまって!
(あああ会いたくないいい)
のに。
「ご、ごめんね、買い物付き合ってもらって」
「いいんだ、俺も色々見て歩きたかったから」
背が(ほんの少し)伸びたのもあって、秋服が足りなくなって、敦子さんに相談した。
「洋服買い足したいんです」
「あらいいわね、今日の放課後でもどう?」
「また着せ替え人形する気ですね」
そんな会話をしたのが、今朝。
で。
「ごめんなさい華、急な会議で。樹くんとふたりで行ってきて」
「まって敦子さん待って」
抵抗むなしく、いまふたりでデパートで佇んでいた。
私は制服で、部活があった樹くんは上下ジャージでバックパック背負ってて、デパートでそれは浮く格好なはずなのに、なぜか溶け込んでいた。
(なんでだろ……)
イケメンだから……?
不思議に思いつつ見上げると、樹くんも不思議そうに私を見た。つい、くすっと笑ってしまう。
(あ、大丈夫そうだ)
意識して全然話せない〜とかはなさそうで安心する。
「駅ナカも見て回っていい?」
カジュアル系の洋服屋さんとかも見てみたい。敦子さんとはデパートとかでしか服を買ってなかったけど。
「もちろん」
樹くんとデパートを出て(といっても直結だけど)駅方面に向かう。
ふと、窓ガラスの向こうが騒がしいことに気がつく。
窓の外から大きな音楽と、拡声器で音割れした男の人の声が響き渡った。
「選挙?」
「いや、これは」
樹くんは少し目を細めた。
「例の宗教。また騒いでいるな」
「あー、こないだからうるさいやつか〜」
ワイドショーとかで騒がれてるとかいうやつ。まだいたのか……。
相変わらず仰々しい文句「世界の終わり」だの何だの書かれた看板を見せつけるように、街宣車は遠ざかっていった。
なんとなく、見送る。
「華」
樹くんはぽん、と私の頭を撫でた。
「万が一世界が終わるとなっても、華だけは守り抜くから心配するな」
私は「ひぇ」と息を飲みかけて耐えた。なにそれ。なんでそんなこと言うの? ていうか、なにその顔。ずるいよー。なんで頭ぽんした!? ねえ!
(……や、分かってるけど)
別に本気とかじゃなくて、冗談っていうか。
私が少し不安そうだったからとか、そんな感じの理由なんだってことくらいは。
「……ひとりで生きてたって意味なくない?」
照れ隠しに、なんとかそう口にした。
「ふ、それもそうだ」
ふと、樹くんは遠くに視線をやる。
「華、あれ、大友じゃないか?」
樹くんに言われて目線をやると、そこにはひよりちゃんが辛そうな顔つきで歩いていた。横には、見たことがある女の子ーーそう、東城さんと、その友達らしい子数人。
「……変な雰囲気だな」
「どういうこと?」
ひよりちゃんはレッスン帰りっぽくて、制服。わざわざ横浜まで連れてこられたの?
私は簡単にひよりちゃんと東城さんの確執について、説明をする。
「絶対おかしい、普通に遊んでるとかじゃ絶対ないと思う」
「なるほどな、……つけてみるか」
何事もなければそれでいいんだから、という樹くんの提案に、こくりと頷く。
やがて、雑貨や化粧品なんかも置いているバラエティショップへ入っていく。
「どうしよ、入ったらバレるかな」
そんなに大きくない店舗だ。鉢合わせする可能性はある。
「俺だけ行こう」
「バレない?」
「人も多いし、離れて見張ることにする。華が鉢合わせするほうがトラブルになるかもしれん」
そう言われれば、その通りで……だって、東城さんとひよりちゃんがトラブルおこしてるの、目の前で見ちゃってるし。
「華はここにいろ。何かあれば叫べ」
「え、あ、うん」
叫ぶも何もないと思うんだけど、と柱に寄りかかってお店方面を眺める。
雑貨の詰まった棚の向こう側に、時折ひよりちゃんや東城さんの姿が見えた。
樹くんは目立つと思いきや、そんなこともない。
(彼女へのプレゼント選んでる感、すごい)
イケメンはどこにいても肯定的に見られるのではないかなと思う。攻略対象スペックずるい。
ぼけっとそんなことを考えていると、ふと声をかけられる。
「ねえ、なにしてるの?」
目線をあげると、高校生くらいの男子、というか男の人、というかの2人組。
私は首をかしげる。
(ナンパだあ)
私は眉をひそめた。そんなホイホイ付いていきそうな子に見えたでしょうか、私は。
「……彼氏待ってます」
眉をひそめて、端的にそう答える。"彼氏ときてます"、ナンパ断る時の常套文句。決して樹くんのことじゃないんだよ、と心の中で樹くんに謝った。ゴメンね。
「えー、そうなの? ほんと? 今からさぁ、オレらカラオケ行くんだけど、きみ、どう?」
「ほんともう彼氏くるんで」
「ちょっとだけ! 一曲だけ!」
「彼氏ってほんと? いるの?」
はぁ、と俯く。
(めんどくさー)
靴の先を見つめながら、こいつらどっか行かないかなー、と無視しているけど、めげずに話しかけてくる。……あ、制服か、とそこでやっと気がつく。
名門校の女子と遊んだ、って少しステータスになるのかも、こういう人たちにとっては。
(だからかぁ。しつこいなぁ)
本当に叫んじゃおうかな、と思っていると、頭の上からほんの少し、怒った声がした。
「俺がその彼氏ですが」
樹くんだった。私は身体を引き寄せられて、ぽすん、と樹くんの腕の中に収まる。
「彼女に何かご用ですか」
「……あー、ほんとにいたのね」
「ごめんごめん」
高校生2人は、苦笑いしてさっさと歩いていく。
「樹くん」
「華、大丈夫か」
心配そうに言われる。
(彼氏、って言わせちゃった)
フリ、してくれた。
(嘘でも嬉しーや)
ちょっと、きゅんとしてしまう。
樹くんは眉を下げた。
「すまない、やはり1人にすべきではなかった」
「あ、ぜんぜん大丈夫、ね、ひよりちゃんは」
私は向き直って、樹くんを見上げて言った。