悪役令嬢と発熱
もう一泊、樹くんちにはさせてもらうことになっていてーーそのお風呂で、私は泣いてしまう。
さっきのことの、思い出し泣き。
(うう、情けない)
少なくとも、私の中身、というか記憶は大人なはずなんだ。……でも、千晶ちゃんも言ってた。私の身体も、脳だって、中学生の女の子のものなんだって。
だから「同じ歳の男の子」を好きになってもいいはずだし、こんな風に泣いたりすることだって、あっていいはずだ。
(決めた)
真さんにも言ったけど、樹くんに他に好きな人ができたら、私はすぐに身を引こう。
きっとすぐに分かる。私は、それだけ樹くんを見てるつもりだから。
(それでも、たとえ友達としてだって)
期間限定だって、私は堂々と樹くんの隣に立っていたいから。だからーーそれにふさわしい人になろう。
(どうすればいいのかなんて、見当もつかないけど)
そんな訳で長湯になってしまって、洗面所でもぼうっとしてしまったせいか、そもそも風邪をひきかけていたのか……翌朝目覚めると、身体が熱くて重かった。
「38.3」
「病院行く?」
静子さんは私から体温計を受け取って首を傾げた。
「いえ、あのう。帰ろうかと」
「バカ言わないで。治るまでいなさい。あの家、いま敦子以外いないんでしょ?」
あの子の壊滅的家事能力は知ってるでしょうに、とデコピンされた。
「そもそも敦子も仕事じゃない。ウチなら誰かしらいるんだから」
「でも」
「敦子もそうしなさいって」
言われて、私は少し考える。お邪魔してるのは申し訳ないけれど、敦子さんもそう言ってるなら、うん、実のところひたすらねむっていたいんだ……。
「病院いく?」
「いえ、寝てます」
「そう? 大丈夫?」
私はうなずく。だって、半分考えすぎて出た熱な気もするし。知恵熱的な?
樹くんは部活で学校へ行っている。広い広い家は、しんとしていて少しさみしい。
熱があるときは、変な夢をみる。ぐらぐらと、船の中にいるような夢たった。
ふと目を開けると、樹くんがいた。頭は相変わらず、熱のせいかフワフワしている。じっとりと汗をかいて気持ちが悪い。
「?」
時計に目をやると、まだお昼の正午過ぎ。樹くんがいるわけがない。まだまだ部活のはずだ。
(あ、じゃあ、これ、夢の続きか)
私は笑ってしまう。どんだけ好きなんだろ。
「大丈夫か?」
夢の中なのに、はっきりとした声の感じがして嬉しい。樹くんの声。好きな声。
ふふ、と気だるく笑うと樹くんは不思議そうな顔をした。
「樹くん」
「なんだ? お茶でも飲むか」
「んーん」
私は手を広げた。
「? なんだ?」
「おいでー」
「……華?」
「ぎゅーして、ぎゅー」
「華?」
戸惑う樹くんに少し腹が立つ。夢なんだから、もっと私の思い通りに動いてくれていいのに。
ぷう、と頬を膨らませると、恐る恐るって感じで、でも笑って、ぎゅうっと抱きしめてくれる。
現実だったら、汗臭いのとか気になって絶対できないけど、でもこれ夢なんだもんね~と働かない頭で思う。
「すきー」
現実なら言えないことだって言えちゃう。
「……俺もだ」
「あは」
さすが夢だ。お願いが叶っちゃう。すごいすごい。
「ねぇ、いちばん好き?」
「ああ」
「ずーっと好き?」
「当たり前だ」
「あいしてる?」
樹くんはふと息を飲んで、それから「愛してる」と言ってくれた。
(夢ってすごーい)
明晰夢ってやつかな。ああ、毎日見られたらいいのに。
夢の中なのに、私は少し疲れてしまう。どきどき疲れだ。
うとうとする私の頭を、樹くんは撫でてくれる。
(夢なのに眠くなるのね)
不思議な感覚だ。そうして、また船酔いする夢を見る。さっきみたいな夢がいのに、そう都合よくはいかないみたいだ。現実って厳しいなぁ。