悪役令嬢は独り占めしたい
「ごめんねちょっと待っててね」
樹くんのお家の車(運転手さん付き)で送ってもらったのは、隣の市のショッピングセンター。
「付いて行かなくて」
「よきです」
ばっと手を前に出した。というのも、着替えを買いに来ているのです。
(最初はデパートつれてかれようとしたけど)
私は苦笑いする。ショッピングセンターで十分だよねぇ。
「ではそこで待ってる」
「はーい」
樹くんが指差したのは、チェーンのカフェ。
「すぐ戻るね」
「ゆっくりで構わない」
そうは言うけれど、泊まらせてもらう上に待たせるのも何なので、さっさと買い物を済ませてしまう。
「ええとなにがいるのかなっ」
とりあえず、替えの下着と(一瞬、ほんとうに一瞬、樹くんはどんなのが好きなんだろとか思ってしまった恥ずかしい)歯ブラシと、……と買ったところでぽん、と肩を叩かれた。
「?」
樹くんかなぁ、と振り向くと全然知らない2人組。高校生くらいの男の子たち。
茶髪でピアスたくさんついてて「僕たちチャラいです」を前面に押し出してた。
「こんばんは〜」
挨拶をされながら、もうそんな時間なのかと思う。
(19時くらい?)
樹くん、お腹空いてるよねぇ。部活後だもんね。
(私ですらお腹空いてるよ)
はやくカフェまで戻らなきゃな、なんてぽけっと考えながら「こんばんは」と返す。
「買い物? 親と来てるの?」
「いえ、もう帰るところですが」
なぜそんな質問を、と思いながら答えた。なんだろう?
「じゃあさ、ちょっと遊ばない?」
「少しだけ」
男の子たちにそう言われながら、私はやっと気がつく。これ、ナンパ!?
(し、ショッピングセンターでやんなくても……)
呆れたような視線に気がついたのか、男の子たちは笑った。
「いや、ナンパしようなんて思ってなかったの」
「そうそう、単に買い物に来てて」
「でもあんまり可愛いからさぁ、これ逃したら絶対後悔すると思ってさぁ」
「なー」
随分と調子の良いことを並べてくれるなぁ、と私は苦笑いする。
(ナンパってさぁ)
可愛い子よりは「ちょろそうな子」に行きがちなのは、前世の(悲しすぎる)経験たちで学習済みなのです。
何せちょろかったから。悲し。
(……今もちょろく見えてるの!?)
この顔、割合キツめだと思ってたんだけど。悪役令嬢さんだからさ。
中身のゆるさが漏れ出てるんだろうか……。引き締めなくては!
「友達と来てるので」
ツン、とそう言って離れようとした手を、なんだかやんわりと掴まれる。
「だめー?」
「もう帰らなきゃなので」
「あ、ごめんあのさぁ」
もう1人の男の子が首を傾げた。
「連れってさ、男の子?」
「? あ、はい」
「あらまー」
ぱ、と手を離された。
「?」
「ごめんごめん、彼氏さんにあんま怒んないでって伝えといて」
そう言われた次の瞬間に、私はぽすりと誰かの腕の中に閉じ込められていた。
「彼女に何かご用事ですか」
ものすごく低い声。
「道を聞いてただけだよ〜? じゃーね」
ひらひらと手を振って男の子たちは離れていく。恐る恐る見上げると、怒ったような……というかかなり怒ってる樹くんの顔があった。
「華」
「あ、ごめん、その」
遅くなったから迎えに来てくれたのかな、と樹くんを見上げながら私はやっと状況を理解する。
(だ、抱きしめられてますっ)
ぎゅうっと!
頬に熱が集まる。ど、どうしよう。
顔が暑すぎて、なんだか涙目にもなってそうだし。
「華」
私を覗き込んだ樹くんがギョッとした。
「怖かったのか?」
「や、ええと、違って」
言いながら思う。
樹くんは、あの子たちから守ろうとしてくれただけだ。
(きっと、これが私じゃなくても)
ずきり、と胸が痛む。
同じように助けていたんだろう。
(こんなふうに、抱きしめて?)
そう想像すると、勝手に涙が湧いてきた。
「怖かっただろう。済まない、早く追いかけていたら良かった」
樹くんの声は後悔でいっぱいって感じで、優しくて、私はそれに余計に反応してしまう。
「こっちへ」
樹くんに手を引かれて、自動販売機のある休憩スペースのソファに座る。
ほかに人はいなくて、私は泣き止むきっかけを失ってしまった。
「華、ほんとうに済まない」
樹くんはめちゃくちゃ責任を感じてるみたいだった。横に座って、背中を撫でてくれる。あったかい。
(なんで?)
単なる「家族」みたいな友達が、ナンパされかけてただけで、なんで、そんなに。
ただ私は首を振る。樹くんのせいじゃない。
(……泣いているのは、樹くんのせいだけれど)
優しく甘やかしてくれてるのが心地良くて、甘酸っぱくて苦しい。
樹くんは私の頭を撫でてくれる。
私は泣き止みたくない。
泣いてる間は、樹くんを独り占めできるから。